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産研ミュージアム > 産研STORY(寄稿文)

光明寺 大道

写真1

平成元年に産業科学研究所(金丸研究室)を卒業して、松下電器産業(株)(現パナソニック(株))に入社して、20年になります。最初の5年間は、技術本部内で、産研時代と同じく、材料分析(解析)および分析方法の研究に従事しました。その後、不本意にも、生産技術部門へ転勤となり、グラファイト材料の開発に3年間、プラズマデイスプレイの生産技術の開発に5年間従事しました。このように、13年間は技術者として業務に励みましたが、現在から、7年前に知財部門に希望して移動しました。 そして、1年ほど前に弁理士となりました(写真1:弁理士会の祝賀会)。

技術者時代は、産研時代と同じく1つのことに打ち込んでおりましたが、うまくいかないことが多く、また、自分で自由に進めることができず、知財部門へ移動させていただきました。

 知財部門では、米国特許商標庁での特許の面接審査、ドイツでの他社侵害調査(写真2:ドイツの展示会、写真3:ドイツでの写真)、日本特許庁での面接審査、他社とのライセンス交渉、弁理士会の研修会、弁理士クラブでの勉強会などを経験しました。技術者時代とは、大きく異なり、社外の方との交流が多く、楽しく過ごしております。

 
写真2 , 写真3

 また、現在、業務とは別に、近畿弁理士会の知財立国サポート委員会の委員として、中小企業、大学関連の知財活動(知財セミナー、知財授業、無料相談)を支援しております。産研時代の研究者としての経験、会社での技術者の経験から、研究や技術開発を応援したいと考えております。特に、知財に費用、時間をかけることができにくい中小企業、大学を応援したいと考えております。

 知財に関することで、お困りのことがありましたら、ご遠慮なくメールください。何かのお役立てばありがたいです。 (daido@ kcn.ne.jp:自宅)


福井 俊郎
食品化学部門(現 生体触媒科学研究分野)

 1952年の夏。あわただしく発足した新制大学も3年が経って、学生が卒業研究をはじめる頃になってきた。しかしながら、中之島にあった理学部ではすでに旧制の先輩たちが卒業研究をはじめていて、どの研究室も満員であった。その上、新制の化学科学生は50名も在籍していて、配属希望も特定の研究室に集中した。「何とか学生たちで自主的に調整してほしい」とA教授に言われて、学生はそれぞれ自分の行き先を探すことになった。

当時産研は堺の浅香山の広大な土地にあって学生を受け入れたことがなく、別天地のようであった。当時はやりのフロンティア・スピリットのような気分も手伝い、全部で17名が産研に行くことになった。産研にとって理学部学生を受け入れるのは、これがはじめてのことであった。

実は、私自身もそのときのひとりであった。学部学生で産研に行くようになってから、大学院生として5年間、助手で9年間、助教授で3年間、教授で25年間。ずっと産研だけで過ごすことになってしまった。はじめ産研に行くときには、そこで骨をうずめるとはまったく考えていなかったが、人生とは不思議なもの、時には自分の希望とか意志とかに無関係で進路が決まってしまうことがある。今となれば、自分の人生はラッキーな恵まれたものであったと感謝している。

私が産研を退官して13年が経ち、その間に産研はすっかり様変わりしてしまった。建物も2倍ほどに大きくなり、研究の体制・設備もはるかに向上した。何よりも嬉しいのは、所内を歩いていると多くの若い人たちに出会うことである。他の国立研究所などでは廊下がひっそりとしているところが多い。部屋はきれいで立派な装置が並んでいるが、実験に精を出している研究者の数は少ない。附置研究所は大学・大学院に直結していて、若い学生を常に迎えることができるのは、本当に恵まれたことである。