光誘起構造相転移動力学の研究
1. 本研究の目的

相転移は、巨視的量子多体系としての固体が示す協力現象の最も典型的な現象です。特に、構造相転移は、電子系と格子系との相互作用を協力的駆動力として発現し、格子構造・対称性・電子状態が異なる2つの状態が巨視的スケールで転移する現象です。これは、物質存在様式に潜在する構造的多重安定性を直接的に反映しています。
現在、構造相転移研究は、そのパラダイムの革新的変貌下にあります。従来の、「熱力学的安定(準安定)相の静的構造・電子状態の解明や相間の準静的な変換」を中心的課題とした研究から、構造相転移の本質である多粒子系の集団的・協力的・非線形量子動力学を実時間・実空間上で直接解明する研究へと大きく飛躍し、極めて独創的な凝縮系物理学のパラダイムが、世界的規模で形成されつつあります。その契機は、我が国研究者が発見した、外部刺激として光を用い相転移を誘起する(光誘起相転移)現象の発見でした。
本研究は、この光誘起相転移研究の革新的展開を図り、光誘起構造相転移現象の微視的・本質的理解を実現してブレークスルーを達成する事を目指します。その為に、

1)種々の光誘起構造相転移現象の中から典型例を対象として厳選し、
※擬一次元電荷移動有機結晶における中性・イオン性相転移とsp2とsp3の共有結 
合様式の変換で支配されるグラファイト・ダイヤモンド相転移を選定
2)極限的時間・空間分解能を有する実験手法で直接的な構造変化の知見を獲得し、
※電子系を時間幅10-13秒以下の超短光パルスで状態選択的に励起し、
誘起される構造相転移動力学を、フェムト秒時間分解電子回折法を駆使して直接的に検出・追跡し、
最終的に誘起された相構造を走査型プローブ顕微鏡主峰によって原子レベルから決定
3)高度な理論的研究によって相転移動力学の深い洞察に基づき、
※励起状態分子動力学法等による原子系の協力的動力学の解析、
励起状態を正しく記述する第一原理計算手法の開発と応用、
モデルハミルトニアンの厳密解法に基づく統一理論予測、等を有機的に結合
4)非平衡開放系での自己秩序形成の観点から体系化して本質的理解を達成します。

以上の研究によって、光誘起構造相転移研究のブレークスルーを達成して凝縮系物理学における新たなパラダイムを確立し、それと共に、電子系励起による新物質相創製と新機能開拓への強固な基礎を創出します。

 

2.本研究の特色と独創性
本研究は、以下の諸点を特色とする独創性の高い内容から構成されています。

(1) 光誘起構造相転移動力学のフェムト秒時間領域における直接的な実時間追跡
新たに、10-13秒以下の時間分解能を有する時間分解電子回折法を開発・適用して構造変化に関する直接的な実験的知見を獲得します。現在用いられている軌道放射光とレーザーを同期させた時間分解X線回折法の時間分解能の限界が50psであるのに対し、この手法は、それよりも3桁短い超高速時間分解能を有するとともに、X線に比べて3桁以上相互作用が強い電子ビームを回折源とすることによって、極めて高感度かつ高精度の構造的知見が獲得できます。従って、用いる研究手法に大きな特色があるとともに、獲得される実験的知見もきわめて先駆的かつ独創的な内容になります。

(2)可視光で誘起するグラファイト-ダイヤモンド相転移の研究
研究対象として、固体の結合様式変化として中性―イオン性結合変換で特徴付けられる擬1次元電荷移動有機錯体の光誘起相転移とともに、共有性sp2―sp3結合変換で特徴付けられる光誘起グラファイト-ダイヤモンド相転移を研究対象とします。後者は、本特別推進研究関連研究者の最近の実験的研究途と理論的研究の有機的共同の成果に基づくものであり、発生したダイヤモンド構造は、熱力学的に発生する構造とは異なる光励起に固有な新奇構造相(Diaphite相)であす。その生成過程の動力学の解明と物性評価は本研究計画の主要部分を構成していますが、実験的に確認された光誘起に固有な相創製の初めての例であり、きわめて独創性に富む内容を含むものとなります。

(3)走査型プローブ顕微鏡による原子レベルでの相構造解析
最近のナノテクノロジーの展開によって明らかにされているように、新規かつ高度な量子機能を含む物性は、ナノメートル領域の物質系で顕在化する場合が極めて多苦なっています。その解明には、詳細な原子レベルでの構造的知見が必須である事は言うまでもありません。今までの光誘起構造相転移研究においては、光誘起相を原子レベルで直接的かつ明確に特徴付けた例は極めて限られています。本研究では、ナノメートル領域でも構造決定手法として、走査型プローブ顕微鏡を用います。これによって、巨視的物性量の測定では検出不可能な微小領域の構造相に関しても明確な構造決定が可能であり、極めて有力・かつ独創的な手法になります。
一般に、構造相転移動力学においては、核形成、自己増殖による有限サイズのドメインへの成長、スピノーダル分解、相共存などの多彩な構造的特徴を有する段階の動力学的変遷がその機構を支配します。従って、ナノメートル領域での精密な構造決定を可能にする走査型プローブ顕微鏡は、極めて有力な研究手法のひとつになります。

(4)実験と理論の密接な有機的協力
上記の実験的研究と、励起状態第一原理分子動力学的手法による協力的動力学の解析とデザイン、モデルハミルトニアンの厳密解に立脚した統一理論構築と一般化を、有機的に結合させ研究を推進します。新たに獲得された実験的知見の物理的意義を理論的に解明して次の課題を理論的に提起するとともに、理論から予測される結果を実験的に検証して理論的手法の妥当性を検証し、次への展開への契機とします。このような理論的研究と実験的研究の有機的協力は、新しい学問領域を形成していくときには必要不可欠であり、本研究では、その協力を最大限に発揮して研究を推進していきます。

3.本研究の推進体制

本研究では、光誘起構造相転移動力学の全貌を、フェムト秒領域の時間分解能で直接的な構造的知見に基づいて明らかにすることを主目的の一つにしています。そして、その知見に立脚して、未知の構造相を含む凝縮物質の多重安定性の解明とそれらの転移過程の動力学を微視的かつ統一的に解明することを目指します。
その為には、超短レーザーパルス発生と制御を含む光学的実験技術、走査型プローブ顕微鏡をはじめとする先端的表面科学技術、および、100fs以下の時間分解能を有する電子線回折装置の開発とその効果的応用等の計測手法、などの高度実験技術が必要であるばかりではなく、更には、最先端の第一原理計算手法に基づく深い理論的洞察能力が必須となります。本研究の陣容は、これら全ての条件を満たす一線級の研究者集団から構成されていますが、光誘起構造相転移過程の連続する各素過程の総合的考察に基づき、代表者・分担者等のリーダーシップの発揮および有機的協力の観点から、以下の4つの分担課題を設定して研究を進めます。

1)励起状態の超高速緩和過程の研究
2)時間分解電子線回折法による相転移動力学の研究
3)光誘起相の原子構造の研究
4)光誘起構造相転移動力学の理論的研究

下図に、本計画の分担課題と分担者の役割を模式的に示します。

テキスト ボックス:

   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本研究における分担課題と研究者の分担および協力関係

以上の分担課題を有機的に遂行する事によって

①多粒子系の集団的協力現象による新秩序形成過程に対する本質的理解の達成、
②光誘起に固有な秩序相の予測・発見による新物質相開拓、

という、極めて独創的内容を有する学術的成果が達成でき、新たなパラダイムを確立して物性物理学における大きなインパクトを与えると共に、従来の熱力学的・平衡的条件変化では到達しえなかった、新たな物質相の発見とその物性応用開拓に道を拓きます。