研究内容について


 概要

 生物界には、異物排出トランスポーターとよばれる一群の膜輸送体が広く分布していて、細胞レベルにおけるもっとも基本的な生体防御機構となっている。本研究分野では、細菌から動物細胞まで、生体異物排出トランスポーターの構造と機能、発現制御、生理的役割の解析から、新規排出タンパク遺伝子の検索まで幅広く研究を展開している。

 私たちの研究室では、細菌の代表的異物排出輸送体AcrBの結晶構造を世界に先駆けて2002年に報告し、さらに昨年には基質結合型結晶構造を報告して、異物の排出と多剤認識の構造的基礎を明らかにした。また、細菌で初めて異物排出輸送体遺伝子のポストゲノム解析を行い、発現制御機構を明らかにしてきた。19年度はこれらの研究をさらに推し進め、以下の成果を得た。


 成果

・異物排出タンパク結晶構造解析

 昨年度、細菌の異物排出タンパクAcrBの基質結合型結晶構造決定に成功し、異物排出の機能的回転輸送機構と、マルチサイト結合が多剤認識の構造的基礎であることを明らかにした。AcrBは膜融合タンパクAcrAおよび外膜チャネルタンパクTolCと3者複合体を形成して排出輸送装置を構成している。これらの結晶構造は個々には解かれているが、3者複合体の構造はまだ解かれていない。また、AcrAの決定された構造では、AcrBと相互作用すると推定されている部分の構造が欠けている。AcrAのAcrBと相互作用すると考えられる領域の構造解析が待たれる。


・異物排出蛋白質の細菌情報伝達による発現制御の解明

 サルモネラのゲノム上には、異物排出蛋白質遺伝子が9種類存在し、クローニングにより強制発現させると実際にひとつないしは複数の薬剤・毒物に対してサルモネラは耐性かする。9種もの多数の異物排出遺伝子を保持するにも関わらず、遺伝子ノックアウトによって薬剤・毒物への感受性が変化するものはAcrBだけである。すなわち、その他の異物排出蛋白質遺伝子は通常の培養条件下では発現していないか発現レベルが極めて低いと考えられる。未知の異物排出蛋白質発現抑制御因子の存在が強く示唆される。近年、細菌細胞はお互いに情報伝達を行っていることが分かってきた。この情報伝達をquorum sensingと呼ぶ。サルモネラが生息している自然界は、実験室でサルモネラのみを培養する時とは状況が大きく異なる。すなわち、宿主や土壌中においてサルモネラは様々な他菌種と遭遇し、互いに情報伝達を行っている可能性が考えられる。

 本年度は、異種細菌間情報伝達に注目し解析した結果、以下の様な成果を得た。まず、腸内環境シグナル(細菌代謝物、胆汁酸)によるサルモネラ異物排出トランスポーター発現制御機構の検証を行った。9種類の異物排出トランスポーターについて、大腸菌代謝物によるそれぞれの転写量変化を、レポーターアッセイ(s-galactosidase assay)を用いて調べた。この結果、サルモネラ異物排出トランスポーター8種類が誘導されていることが明らかになった。次に、大腸菌代謝物中に存在するサルモネラ異物排出トランスポーター誘導シグナルとしてインドールを同定した。インドールはサルモネラにおいて最も強力に機能しているacrABを含む4種類の異物排出トランスポーターを誘導していることが明らかになった。そして、インドールによるサルモネラacrABの誘導機構について検証したところ、サルモネラ特異的レギュレーターであるRamAが関与していることが明らかになった。RamAを介したacrAB誘導は、大腸菌代謝物や胆汁酸によっても見られた。次に、インドールおよび胆汁酸によるRamAを介したacrAB誘導機構の詳細について検討したところ、インドールによってRamAは誘導されるが、胆汁酸によっては誘導されないことが明らかになった。このことより、サルモネラは環境に存在するacrAB誘導シグナルに対して、RamAを過剰発現させるか活性化させるかして感知し、何らかの未知の因子に影響を与えた結果、acrAB誘導を引き起こすことが示唆された。

 AcrABの特徴は、発現量が他の異物排出トランスポーターに比べ非常に多いことと、排出する物質の物性、構造等が多種多様に渡ることである。このことから、サルモネラにおけるAcrABの機能は生理的基質を保持して、ある種の限定された細菌生理機能に寄与していると考えるよりは、生育阻害物質の排出や、基質になり得る構造を持った細菌間情報伝達物質として機能する代謝物の排出にあると考える方が妥当であろう。このことから、腸内において、AcrABが誘導されてくることを示す本研究の結果は、サルモネラが腸内に到達した際に、腸内に存在する異物や情報伝達物質、例えば、細菌代謝物や胆汁酸等を、AcrABを用いて排出することを示唆するものであると考えられる。

 大腸菌においてacrAB誘導シグナルの感知には、少なくとも3種類のアクチベーター、MarA、SoxS、Robが関与している。これら3種類のAcrAB誘導機構であるが、MarAおよびSoxSは過剰発現によりAcrABを誘導するのに対し、Robはシグナル物質との結合による活性化によりAcrABを誘導することが言われている。一方、サルモネラRamAは、acrAB誘導シグナル物質に応じて、過剰発現と活性化という二つの機構によってacrABを誘導することが本研究より明らかになった。また、インドールによって制御される遺伝子をDNAマイクロアレイ解析により検証したところ、RamAはインドールによって顕著に誘導されることが明らかになった。このことから、RamAは大腸菌における三種類のレギュレーターMarA、SoxS、および、Robの機能を併せ持ったレギュレーターであるということ、および、インドールや胆汁酸による刺激を感知するレセプターの役割を持つということが示唆される。

 サルモネラは腸において定着した後、宿主内へと侵入する。本研究で使用したサルモネラ(ネズミチフス菌)は、宿主内に侵入した後、M細胞を介してマクロファージに貪食され、その中で増殖し、マクロファージと共に血液に移行し、菌血症を起こすことが知られている。この過程において、サルモネラはマクロファージ内や血液環境中といった、さまざまな環境に適応しなければならない。血液環境中には細菌感染防御因子である補体や抗菌ペプチド等が存在している。血液環境におけるサルモネラ適応にも異物排出トランスポーターが必要であることや、抗菌ペプチドの一種であるポリミキシンはサルモネラacrAB誘導をRamA依存的に行うことが、当研究室における解析の結果明らかになっている。これらのことから、サルモネラが宿主内に侵入した後でも、異物排出トランスポーターは誘導され、宿主内環境適応に寄与していることが示唆される。また、宿主細胞内においても、RamAおよびAcrABが機能していることが示唆されることから、サルモネラの感染現象において、RamAおよびAcrABが何らかの機能を担っているのではないかと考えられる。

 以上、本研究では、腸内環境シグナルにより、サルモネラ異物排出トランスポーター、特に最も強力に機能しているAcrABが誘導されること、および、その誘導にはサルモネラ特異的レギュレーターであるRamAが関与していることを明らかにした。本研究は、サルモネラにおいて最も強力に機能しているAcrABの発現制御メカニズムの解明に大きな知見を与えたのみならず、宿主内環境適応におけるサルモネラ異物排出トランスポーターの役割を解明する研究の基盤になることが期待される。


・オーファン輸送体の機能解析

 我々は、オーファン輸送体であるABCA5の脳における発現を解析することで、ABCA5が神経細胞、特にアドレナリン作動性神経に強く発現していることを明らかにした。さらにアドレナリンを放出している副腎髄質の細胞においてもABCA5が強く発現していたことから、ABCA5がアドレナリンの放出に係わっている可能性が考えられた。しかし、我々が作成したABCA5のノックアウトマウスにおいて血中のアドレナリン量に有為な変化は見られなかった。これらの細胞においてABCA5はすべて細胞内顆粒に発現しているため、細胞膜からの物質の放出には直接関与していないと考えている。


・S1P細胞外放出機構とその輸送体の同定

 我々は昨年度までにS1Pの血小板からの放出に輸送体が関与することを見いだした。本年度は血小板以外でも赤血球においてもS1Pが合成され、細胞外へ放出されることを新たに見出した。赤血球からのS1Pの放出は血小板のように刺激を必要とせず、合成されたものから順次細胞外へ放出されることが分かった。最近、この赤血球から放出されて、血液中に一定濃度存在するS1Pが、リンパ球などの血液中への移行に必須であることが明らかになってきた。このことは赤血球からのS1Pの放出輸送体を明らかにできれば、その阻害剤が新しい免疫抑制剤となる可能性がある。そこでより詳細にS1P輸送体の酵素化学的性質を知るために、赤血球の反転膜小胞を用いたS1Pの輸送活性の測定系の開発を進め、S1PがATP存在下で時間依存的に小胞内へ輸送されることを観察できる系を確立することに成功した。この系を用いて酵素の性質や、様々な阻害剤などを検討した結果、これまでにABCA型の輸送体が関与している可能性を示す結果が得られた。これは、セミインタクトの細胞を用いた系で血小板によって得られた結果と同じ結果であり、輸送の活性化などに違いがあるが、血小板と赤血球では類似の輸送体を使って細胞外へS1Pが放出されていると考えている。

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