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産業科学研究所 小林研究室は、表面化学・半導体化学を専門とする研究室です。

研究内容RESEARCH THEMES

バナースペース

大阪大学産業科学研究所小林研究室

〒567-0047
大阪府茨木市美穂ヶ丘8-1
第二研究棟5階

TEL 06-6879-8451
FAX 06-6879-8454

1.シリコン太陽電池の研究
太陽電池-01
(図1 シリコン太陽電池の構造と損失の機構)

 
多結晶及び単結晶シリコン太陽電池は、現在市販されている太陽電池の8割以上を占める最も重要な太陽電池です。結晶シリコン太陽電池を高効率化するためには、図1に示す色々な損失を防止する必要があります。まず、表面に入射する光を太陽電池に取り込むために、太陽電池表面の反射率を低減する技術、化学的表面構造転写法を開発しています。入射した光によって生成した電子とホールが再結合して消滅することを防ぐため、欠陥消滅型半導体洗浄法と硝酸酸化法を開発しています。


@化学的転写法による極低反射シリコンの形成と結晶シリコン太陽電池の高効率化



(図2 極低反射率シリコンウェーハを形成する化学的転写法)

 化学的転写法では、図2に示すようにシリコンウェーハを薬液(H2O2+HF)に浸し、ローラーに取り付けた白金触媒体をシリコン表面に接触させるだけで、極低反射率が得られます。化学的転写法では、シリコン表面領域が不均一に溶解することで、図3に示されているようにシリコンナノクリスタル層が形成されます。



(図3 化学的転写法で形成されるシリコンナノクリスタル層の透過型電子顕微鏡写真)

 太陽電池に用いられている一般的な低反射構造は、単結晶シリコン太陽電池ではアルカリエッチングによって形成されるピラミッド構造、多結晶シリコンでは酸エッチングによって形成されるテクスチャー構造です。図4から分かるように、従来技術では単結晶シリコンで反射率は10%以上、多結晶シリコンでは20%以上とかなり高く、反射防止膜と併用する必要がありました。反射防止膜の形成には、プラズマCVD装置などの高価で生産性が悪い手法を用いる必要があり、コスト高の一因となっていました。化学的転写法では、単結晶シリコンでも多結晶シリコンでも反射率を3%以下にすることができ、反射防止膜を形成する必要もない。その上、6インチサイズのシリコンウェーハを20〜30秒の短時間で極低反射化できます。


(図4 低反射処理を施した結晶シリコンの反射率)


(図5 シリコンナノクリスタル層/シリコン構造の平均密度と屈折率の深さ依存性)

 溶解反応は表面領域から起こり、ナノクリスタル層が形成されるに伴って溶液が浸透してナノクリスタル層の層厚が増加します。この結果、ナノクリスタル層中の平均密度(シリコンナノクリスタルと空気の密度の平均)は表面領域では高く、深さと共に減少します(図5)。したがって、平均密度に大きく依存するシリコンナノクリスタル層の屈折率は表面近傍では小さく(空気の屈折率の1に近い)、深さと共に増加してシリコンナノクリスタル層とシリコンの界面近くではシリコンの屈折率に近い値となります。垂直入射の反射率、R、は、以下の式で与えられます。

      (1)

 ここで、N1とN2は、隣接する2相の屈折率です。(1)式から、反射は隣接する2層の屈折率の差によって起こることがわかります。空気中にあるシリコンでは、空気の屈折率が1でありシリコンの屈折率が3.5(波長400nmの光の場合)から5.6(波長1100nmの光の場合)であることから、(1)式を用いて反射率が67%から31%と計算されます。一方、図4に示されるように、シリコン上にシリコンナノクリスタル層を形成した場合、シリコン表面でもシリコンナノクリスタル層/シリコン界面でも、隣接する2層で屈折率に大きな差はありません。したがって、シリコン上にシリコンナノクリスタル層を形成しますと、原理的に反射が起こらなくなります。


(図6 結晶シリコン太陽電池の低反射構造:(a)従来のピラミッド構造、(b)新規のシリコンナノクリスタル構造)

 図6aに示すように、従来技術ではシリコン表面に凹凸構造を形成して多重反射させることによって反射率を低減します。しかし、シリコン表面で2回反射した光や、低入射角で反射した光はシリコンから出ていきます。その結果、図5に示されているように10%以上の反射率になります。一方、シリコン表面にシリコンナノクリスタル層を形成した場合(図6b)、反射自身が起こらなくなり、反射率はほぼゼロとなります。



(図7 化学的転写法で形成したシリコンナノクリスタル層/シリコン構造を持つ太陽電池の特性)

 化学的転写法で形成したシリコンナノクリスタル層/シリコン構造に、pn接合を形成して表面と裏面に電極を形成すると、非常に簡単な構造の太陽電池になります。その太陽電池特性が、図7に示されています。反射防止膜すら形成しない単純構造の太陽電池にもかかわらず、19.4%という高い変換効率が達成できています。この変換効率は、一般的な市販太陽電池の変換効率よりも高くなっています。その上、単純構造ですので太陽電池の作製コストが低くなり、太陽電池で最も重要な発電コストを低減できると考えています。


(図8 化学的転写法で形成したシリコンナノクリスタル層/シリコン構造を持つ太陽電池の量子効率)

 このように単純構造で高い変換効率が達成できる理由は、極低反射率を達成できたからだけではありません。シリコンナノクリスタル層は、大きな表面積を持っているので、シリコンダングリングボンドなどの欠陥準位が表面に多く存在します。欠陥準位はバンドギャップ内にエネルギー準位を持ち、光生成した電子とホールが欠陥準位で再結合して消滅してしまいます。シリコンナノクリスタル層に存在する欠陥準位を消滅させる新規方法を開発しました。この方法を用いない場合は、化学的転写法を用いるシリコン太陽電池の変換効率は約15%でしたが、欠陥準位を消滅させた場合変換効率が19.4%に向上しました。図8に、作製したシリコンナノクリスタル層/結晶シリコン構造を持つ太陽電池の量子効率を示します。量子効率とは、太陽電池に入射したフォトンが電流に変換される割合です。太陽電池の光電流は、この量子効率によって決まります。欠陥消滅処理を施さない場合、400nm以下の短波長光の量子効率は、ほぼゼロでした。短波長光は表面近くで吸収されるため、シリコンナノクリスタル層中に多くの欠陥準位が存在すればそこで電子とホールが再結合して消滅する結果、量子効率が低くなります。一方、欠陥消滅処理を施しますと、400nm以下の短波長光に対しても高い量子効率を得ることができています。その結果、図7のように~41mA/cm2という非常に高い光電流密度が得られています。

A 硝酸酸化法による表面欠陥準位の消滅と結晶シリコン太陽電池の高効率


(図9 <Al/硝酸酸化膜/単結晶シリコン>MOS構造のリーク電流密度、ゲート電圧1V)

 硝酸酸化法では、シリコンウェーハを濃度68%の硝酸(共沸硝酸)に数分浸漬するだけで、リーク電流密度と界面準位密度の極低の超高性能の極薄(1.0〜1.5nm)の二酸化シリコン膜(SiO2膜)が形成できます。界面準位はシリコンのバンドギャップ内にエネルギー準位を持ち、光生成した電子とホールが界面準位で再結合するので、太陽電池の特性が劣化します。

 図9に、<Al/硝酸酸化膜/単結晶シリコン>MOS構造において硝酸酸化膜を流れるリーク電流密度を示します。リーク電流密度は、硝酸酸化に用いる硝酸の濃度の増加に伴って減少して、濃度68%の共沸硝酸では800℃以上の高温で形成される熱酸化膜のリーク電流密度よりも一桁程度低くなります。98%の高濃度硝酸を用いた場合は、さらにリーク電流密度が低くなり、同じ膜厚のシリコン酸窒化膜(SiON)よりも低くすることが可能です。LSIのゲート絶縁膜では、リーク電流をできる限り低くする必要があります。太陽電池では、リーク電流は光電流と逆方向に流れる暗電流に対応して、これを低くすることによって光起電力が増加します。


(図10 硝酸酸化膜/単結晶シリコン構造の価電子帯スペクトル)


 図10に、SiO2/結晶シリコン構造の価電子帯スペクトルを示します。硝酸酸化膜では、シリコンのバンドギャップ内にエネルギー準位が存在せず、また、硝酸酸化膜とシリコン間での価電子帯の不連続エネルギーが大きいことが分かりました。SiO2膜を流れるトンネル電流は価電子帯の不連続エネルギーに指数関数的に変化し、これが大きいとトンネル確率が小さくなります。その結果、リーク電流密度が低減します。また、SiO2膜のバンドギャップ内にエネルギー準位が存在しないことからも、硝酸酸化膜を流れるトンネル電流が減少します。


(図11 硝酸酸化法によるn型単結晶シリコンpn接合太陽電池の特性向上)

 図11に、n型単結晶シリコンを基板とするpn接合太陽電池の電池特性を示します。反射防止膜である窒化シリコン膜とシリコンとの間に硝酸酸化膜を形成しない場合はエネルギー変換効率が17.2%でしたが、硝酸酸化膜を形成して界面での欠陥準位を消滅させた場合、エネルギー変換効率が18.9%に向上しました。p型シリコン基板の太陽電池でも硝酸酸化膜を挿入することで1%程度変換効率が増加します。n型、p型両基板の結晶シリコン太陽電池の変換効率が向上することから、硝酸酸化膜による太陽電池特性の向上は界面電荷の効果ではなく、界面の欠陥準位が消滅することが原因であることが分かります。


B
欠陥消滅型半導体洗浄法の開発とシリコン太陽電池の高効率化

太陽電池-02
(図12 シリコン太陽電池の電荷分離:(a) 欠陥準位や金属汚染がない場合;(b) 欠陥準位や金属汚染がある場合)

 半導体に光が入射すれば、そのエネルギーが吸収され、価電子帯にある電子が伝導帯に励起します。その結果、伝導帯に電子が、価電子帯にホールが生成します。太陽電池は、光生成した電子とホールを分離する装置です。半導体中に欠陥(準位)が存在しない場合は、電子とホールはスムーズに分離されます(図12a参照)。すなわち、電子はポテンシャルエネルギーの低い方向に移動し、一方電子の抜けた穴であるホールはポテンシャルエネルギーの高い方向に移動するため、電子とホールの分離、すなわち電荷分離が行われます。しかし、不完全な結合や切断された結合、また金属汚染等は、半導体のバンドギャップの中にエネルギー準位を形成して、欠陥準位となります。欠陥準位が存在すると、そこに電子やホールが捕獲され、その結果ポテンシャルが平らな領域ができます(図12b参照)。ここでは電子とホールの分離が困難で、その上欠陥準位があるので、ここに電子が捕獲され次にホールが捕獲される(またはその逆)と電子とホールは消滅します。小林研究室では、金属汚染を除去するとともにシリコンダングリングボンド(切断された結合)等の欠陥準位を消滅させる新しい方法を開発して、これをシリコン太陽電池に適用することによってエネルギー変換効率を向上させるための研究を行っています。


太陽電池-03
(図13 従来の半導体洗浄技術と欠陥消滅型洗浄技術の比較)

 13に、小林研究室で開発した欠陥消滅型半導体洗浄法と、従来の洗浄法の違いを示します。従来は、アンモニア水と過酸化水素の混合液や塩酸と過酸化水素の混合液を用いて、半導体洗浄を行ってきました。従来法では、半導体の表面を少しエッチングすることによって、パーティクル汚染や金属汚染を除去してきました。エッチングによって表面が荒れたり欠陥生成が起こったりして、半導体デバイスの特性に悪影響を与えてしまいます。洗浄液の洗浄能力はあまり高くなく、その結果、数%以上の濃度の持つ洗浄液を5080℃に加熱して使用する必要がありました。また、除去された金属は活性の高い裸のイオン(例えばCu2+)として存在するので、再付着が起こり、その結果洗浄液は常に正常で反復使用は不可能であり、洗浄には大量の洗浄液を必要として、地球環境に悪影響を与えてきました。
 一方、小林研究室で開発した欠陥消滅型半導体洗浄法では、洗浄液の中に少量含まれているCNイオンが金属と直接反応して、錯イオンとして金属汚染が除去されるので、エッチングを伴いません。洗浄液の洗浄能力は非常に高く、室温でしかも極低濃度で半導体の洗浄を行うことができます。除去された金属は安定な錯イオンとして洗浄液中に存在するので再付着はなく、その結果洗浄液の反復使用ができます。さらに、CNイオンがシリコンダングリングボンド等の欠陥準位に選択的に吸着して、欠陥準位が消滅します。したがって、欠陥消滅型半導体洗浄法を太陽電池や液晶ディスプレイの薄膜トランジスターに用いると、金属汚染の除去と欠陥準位の消滅の2つの効果によって、特性が向上します。


        太陽電池-04
(図14 欠陥消滅型半導体洗浄法によるシリコンウェーハの洗浄前後に観測した全反射蛍光X線スペクトル)

 14に、欠陥消滅型半導体洗浄法を用いてシリコンウェーハを洗浄した結果を示します。洗浄前には、鉄、亜鉛、ニッケル、クロム、銅、マンガン等の典型的な金属汚染が存在しています。欠陥消滅型半導体洗浄の後では、これらの金属汚染はすべて除去されています。(分光器の検出感度:〜3×109原子/cm2(〜30万分の一モノレーヤー))


       太陽電池-05
(図15 2.7ppmの極低濃度の欠陥消滅型洗浄液によるシリコン上の銅汚染の除去)

 15に、2.7ppmと極低濃度の欠陥消滅型洗浄液を用いて、銅汚染の存在するシリコンを室温で洗浄した結果を示します。2.7ppmと極低濃度ですが、2分程度の洗浄で銅が完全に除去されていることがわかります。

        太陽電池-06
(図16 欠陥消滅型半導体洗浄法による多結晶シリコン太陽電池の高効率化)

 図16に、多結晶シリコンpn接合太陽電池に欠陥消滅型洗浄法を適用した結果を示します。多結晶シリコンには、結晶と結晶の境界領域(粒界)に多くの欠陥準位が存在します。その結果、図6の曲線aのようにエネルギー変換効率は10%程度と低くなっています。この太陽電池に欠陥消滅型洗浄法を約2分間施すと、曲線bのようになりエネルギー変換効率は13%に向上します。これに反射防止膜を形成しますと、16%以上の変換効率が得られます。
 欠陥消滅型半導体洗浄液には、微量のCNイオンが含まれています。小林研究室では、無毒物質(メタン、メタノール等の炭素含有物質とアンモニアや窒素等の窒素含有物質)から触媒反応を用いて欠陥消滅型洗浄液を合成する方法も開発しています。さらに、使用後の欠陥消滅型洗浄液を安全に廃棄する方法として、紫外光照射によりオゾン水を生成しこれによって洗浄液を窒素と炭酸ガスに完全無毒化・分解する方法も開発しています。開発した欠陥消滅型半導体洗浄法を、日本の太陽電池メーカー、半導体メーカーに導入するための共同研究を進めています。


C化学的転写法による極低反射率シリコン表面の形成

        太陽電池-07
(図17 アルカリエッチングによって形成した単結晶シリコン上のマットテキスチャー面)

       太陽電池-08
(図18 単結晶シリコン上のマットテキスチャー面の反射率)

 シリコン表面は、平坦な場合は3050%と高い反射率を持っています。反射率を低減する方法として、図17のようにピラミッド構造を形成する方法が単結晶シリコン太陽電池では一般的に用いられています。これは、(100)方向の面方位を持つシリコンウェーハをイソプロピルアルコール等を添加した水酸化ナトリウム等の強アルカリ性水溶液に浸漬して、選択性エッチングを起こすことによって形成されます。しかし、図18に示すように、マットテキスチャー面の反射率はそれほど低くありません。小林研究室では、極低反射率を持つシリコン表面を形成する方法として、化学的転写法を開発しました。


太陽電池-09
( 図19 化学的転写法の原理)

 19に、化学的転写法の原理を示します。シリコンを、過酸化水素水(H2O2)とフッ化水素酸(HF)水溶液の混合溶液に浸漬します。これだけでは、反応がほとんど起こらず、シリコン表面は変化しません。しかし、白金等の金属触媒をシリコンに接触させると、H2O2が分解して原子状酸素が発生し、それがシリコン表面を酸化して二酸化シリコン(SiO2)が生成します。生成したSiO2HFで溶解されます。その結果、金属触媒の表面構造と逆の構造が、シリコン表面に転写されます。
 例えば、型としてシリコンマットテキスチャー表面に白金を蒸着したものを用いると、逆ピラミッド構造がシリコン表面に形成されます。この方法を用いると、マットテキスチャー面が均一に形成できない多結晶シリコン表面上にも、均一な構造を形成することができます。

        太陽電池-10
(図20 化学的転写法で形成した多結晶シリコン表面の反射率)

 この化学的転写法を用いて形成した多結晶シリコン表面の反射率を図20に示します。300800nmの波長範囲で、反射率は5%程度と極低であることがわかります(図20)。この反射率は、従来法で形成したマットテキスチャー面の反射率(図18)に比較して、格段に低いことがわかります。したがって、この方法をシリコン太陽電池に利用した場合、反射率低減によって光電流密度が増加する結果、エネルギー変換効率が向上します。
 従来のマットテキスチャー面は、表面に存在する欠陥準位(表面準位と言います)が多く存在する結果、太陽電池の光起電力が減少します。一方、化学技術転写法で形成される極低反射率を持つシリコン表面は表面準位密度が低く、光起電力が増加します。

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