近年、抗菌薬で治療することの出来ない細菌感染症が臨床現場や畜産現場で出現し、世界で共通の深刻な問題となっています。私達はこれら抗菌薬が効かなくなった「薬剤耐性菌」による感染症の振興を未然に防ぐことを目的として、研究に取り組んでいます。感染症は、ともに生物である病原菌とヒトとのいわば食うか食われるかの戦いの姿であるとも言えます。ヒト側は、菌の病原性に生体防御機構で対抗しますが、その戦いにヒトが用いる強力な武器が「抗菌薬」です。それに対して菌側は「薬剤耐性」で抵抗します。これまでに市場に現れたどのような新薬も、やがては効かなくなるという運命をもっています。薬が効かなくなるのは、菌側の必死の抵抗の結果であって、ヒト側がよりよい薬を開発すると、菌側もやがてそれへの耐性を獲得し、その戦いはいつまでも続きます。


 敵を識り己を識らば百戦危うからず、といわれますが、私達の研究目的は、抗菌薬を効かなくさせる病原菌について、その適応能力を明らかにすること、そのうえで我々のもつ力をどのように活用させるかを考えようとするところにあります。細菌ゲノムに潜在する薬剤耐性因子を明らかにするため、ポストゲノム手法を用いた薬剤耐性因子の網羅的解析を進めてきました。薬剤排出ポンプは細胞内から抗菌薬等を排出し、薬剤耐性を生み出す原因となっています。解析の結果、細菌ゲノムには驚くほど多くの(数十個以上)薬剤排出ポンプ遺伝子が潜在していることが明らかになりました。また、細菌は、環境を感知して細胞内情報伝達を行うことにより、これら薬剤排出ポンプ遺伝子を発現させるという巧妙な耐性機構を保持していることを発見しました。研究を進めれば進めるほど、薬を効かなくさせてしまう病原菌のたくましい適応力と進化の仕組みに感嘆するばかりです。同時に手強い敵と戦う対策を考えなくてはなりません。薬剤排出ポンプを阻害することのできる薬を開発できれば、細菌の薬剤耐性と病原性を同時に軽減することのできる新規治療法開発につながるのではないかと考えて、現在、さらに研究を進めています。耐性菌感染症克服を目指して、日々研究に励んでいます。


【研究課題】

  1. 1.多剤耐性機構の解明と新規治療薬開発

  2. 2.抗菌薬排出トランスポーターによる細菌機能制御の解明

  3. 3.病原体ー宿主のシステム生物学

  4. 4.多剤耐性菌検出キットの開発

  5. 5.3次元電子顕微鏡を用いた生体ナノ構造の新規イメージング法の開発

 

細菌の薬剤耐性因子制御ネットワーク (Nishino K)
Regulatory networks of multidrug resistance genes in pathogens
Nishino K. Science (2005)
Proc. Natl. Acad. Sci. USA (2005)  J. Biol. Chem. (2008)

感染現象における排出ポンプの役割 (Nishino K)
Role of multidrug efflux pumps in bacterial virulence
Mol. Microbiol. (2006)

多剤排出トランスポーターの輸送機能
Mechanism of multidrug transport
Nakashima R.
et al. Nature (2011)

3次元電子顕微鏡法による生体ナノ構造イメージング (Hayashi-Nishino M)
Imaging of 3D bio-nanostructures by electron tomography
Science (2007)    Proc. Natl. Acad. Sci. USA (2008)
Nature Cell Biol. (2009)

マイクロ流路による細菌薬剤排出活性測定法の開発 (Matsumoto Y)
Development of microfluidic channels to measure bacterial drug efflux activities
PLoS One (2011)