Odorant Receptor

哺乳類の鼻腔内部に存在する嗅上皮には嗅覚細胞(別名、嗅神経細胞)が存在し、鼻腔側細胞外ドメインに繊毛を提示して嗅覚受容体(Odorant receptor; OR)を発現しています。ORはヒトで約400種類、マウスで約1000種類存在することがゲノム解析の結果から判明しています。1嗅覚細胞には1種類のORが発現し、外部からの匂い分子が結合し細胞内にシグナルを伝播します。ORは内分泌系の恒常性維持に中心的役割を担っているGタンパク質共役型受容体(G protein-coupled receptor; GPCR)と同じ7回膜貫通型の構造を有しており、細胞内部側にGα-olf, Gβ, GγのGタンパク質3量体が結合し、アデニル酸サイクラーゼ(Adenylate cyclase; AC)を介して、cAMP依存性Caチャネル(Cyclic nucleotide-gated channel; CNG)を作動させます。通常、内分泌系に存在するGPCRは1種類のリガンドしか認識できませんので、ヒトORは僅か400種類程度しか存在しないはずなのに、世の中に存在する数十万種類の匂い分子を認識できるのは長い間「謎」とされてきました。最近になり、ORの匂い分子認識能はルーズであり、1種類のORが似たような構造の匂い分子を異なる強度で認識することが示され、複数種のORが協調してパターン認識により膨大な数の匂い分子を認識するのではないかという概念が提唱されました(ORレパートリー)。しかしながら、現時点では本概念の端緒が明らかになっただけで、全体像の理解には程遠い状況です。その課題として、(1)任意の匂い分子に応答するORを網羅的に単離する手法がない。(2)遺伝子工学を用いて異所的に発現したORは充分な活性を発揮しない。(3)完全な機能を示すORを発現する細胞は嗅上皮から単離した(初代培養の)嗅覚細胞しかない。などが、あります。当研究室では、独自に開発してきた「全自動1細胞解析単離装置(参照:One Cell)」を駆使して、この「謎」の解決に取り組んでいます。マウス嗅上皮(上図2A)をセルアレイに展開して「人工嗅上皮」とし(同2B)、灌流装置を設置し(同2C)、セルアレイ上で嗅覚細胞の任意の匂い分子に対する応答を細胞内Ca濃度変化でリアルタイム計測し(Time-lapse single-cell array cytometry)(同2D,下図ab)、有意に細胞内Ca濃度が上昇した嗅覚細胞を1細胞単離し(同2E,下図下段)、そして嗅覚細胞に唯一発現しているOR遺伝子を1細胞RT-PCRにより同定します(同2F)。得られたOR遺伝子をHEK293細胞に導入し、さらにORの発現を手助けする様々な因子を導入すると、任意の匂い分子に反応するOR発現細胞が得られます。本手法は、2016年 鈴木らによりScientific Reports誌(第6集19934頁)に発表しています(図3)。本方法により、上記ORレパートリーの実態に迫ることができると考えております。

関連文献
  1. Suzuki M, Yoshimoto N, Shimono K, and Kuroda S.
    Deciphering the Receptor Repertoire Encoding Specific Odorants by Time-Lapse Single-Cell Array Cytometry
    Sci. Rep. 6, 19934 (2016) [PubMed]
  2. 良元伸男, 黒田俊一.
    特定の匂い分子に応答する嗅覚受容体群の網羅的取得法.
    Aroma Research 17, 41-45(2016)