「連  想」
技術室長 大村 彰


 今から5年前、胃を3分の2切除した私は体力保持のため朝鮮人参入りの蜂蜜を食することがある。 家庭菜園で野菜を作っている私の常識からはニンジンといえば赤色をした円錐状のものだが朝鮮人参は白色で根は枝分かれしている。 私に言わせればニンジンとしては出来損ないである。 その白色の枝分かれしたニンジンが蜂蜜色した(私には色の表現が出来ない)粘度の高い液体の中を、まるで土に生えているかのように根を張っているその様子をじっと見つめていた私は、以前テレビで見た朝鮮人参を山に取りに行く人達のことや天然物と人工栽培の違いを語っている人々を思い浮かべた。 また、良質の蜂蜜を採取するためにレンゲ畠を求め旅する人々を撮ったテレビも思い出された。

 蜂蜜といえばミツバチだ。 誰に聞いたのか、テレビか本か定かでないが働き蜂はいろいろ仕事を持っているが中でも巣の温度を上げないように羽を羽ばたいて風を巣に送っている。 巣のそばにいる働き蜂全員でそのように働いているのかといえばそうではないらしい。 数が多くなるとさぼる蜂が出るようになる。疲れると交代するのかその辺は知らぬ。

 交代するといえば、鶴や雁などの大型の渡り鳥は扇形の編隊を組んで飛んでいるが、この形状はグループとして風の抵抗が一番少ない。 しかし扇形の要である先頭を飛ぶ鳥は一番風の影響を受け疲れる。疲れると交代するそうだ。 グループで一体行動する良い例で、一匹ではおそらく渡り鳥にはなれないのだろう。 ミツバチがミツバチらしく、雁が渡り鳥として生きていくためにはグループを作る必要がある。 また、一グループだけでなく優良な種を残すためにはさらに数グループが必要なのだ。 明治初期には数多くのトキが棲息していたが、狩猟により人間が獲りまくりその数が激減した。 これはいけないと思った時はもう後の祭り、トキは回復しなかった。 ある限度を超えた数の減少は、もう回復は不可能なのだ。 種が滅びるで思い出した。

 今年の1月9日の読売新聞の社説だ。 見出しは、「研究支援者が不足している」で、その内容は二つの問題点を論じていた。

 一つは研究費予算の問題点だ。 科学技術関係の政府予算は補正予算による臨時支出でまかなわれているが、研究投資は継続性がなければならない。 研究費の総額に占める日本政府の支出は英独に比べて15ポイント前後下回っている。 日本の研究投資の大部分を占めている企業の研究費が不況により3年連続で減少している現在、政府の研究費開発投資は一層の重要性を持つといっている。

もう一つは、研究関係従事者の数が17年ぶりに減少し、その中身は研究者は増えているが研究事務関係を含む研究支援者が減少していると書いている。 独、英、仏などは研究者の数と支援者の数とほぼ同じか支援者の方が多い。

 日本の支援者の数は研究者の数の半分以下というのは少なすぎる。 研究に関して、一定の専門知識や技能を要する研究支援者の増員を要望する声が強いと書いている。 より高度で専門的、基礎的な研究になればなるほど有能な支援者が必要である。 (ここが大切だ。・・・)


 科学技術庁は今年から研究支援者を雇用する助成金制度の実施を始めたが、これは根本的な解決には結びつかない。 技術者や技能者の社会的処遇を確立しなければ有能な人材は定着しない、人材育成の制度を作らねばならないと結んでいる。

 産研ではより高度で、基礎的で独創性に富んだ研究をしているのが建前だからより有能な研究支援者を育成しなければならないのだが、このような声は聞こえてこない。 私達が鳥とすれば愚かな人間たちは今なにを考えているのだろうか。 私達はトキの運命をたどるのか。

 私達支援者の技術、技能は伝承していく部分を持つ。 いったんこの火を消すと、再び灯をともすにはかなりの時間を必要とする。 いや、回復は不可能かもしれない。

 私が工作室に移ったのは今から約20年前のことだ。 そのころはまだ真空装置の製作は行っていなかったが、これからは真空、低温、高圧といった雰囲気中での実験が多くなる。 この中でも真空装置を作る技術は大切で、是非必要であると考え、技術の習得に努力した。 現在ではかなりの高水準の真空技術を持っていると自負している。 このような技術は研究者にとっても有用な技術であろう。 これらの技術は後輩たちに次々と伝承されなければならない。

 定員削減は私達の種がゆっくりと確実に滅亡に向かっていると考えられる。 この流れを止めることが出来るのは本当に実験研究を愛する人々によってのみ可能であろう。

 私はあらぬ事を空想するのが好きである。 時には子供の空想のように正義の味方となり、悪を退治する。 宇宙の彼方へ飛んでいったり蜂の巣の中に入ったり、限りがない。 今度は文部大臣にでもなろうかなあ。 空想だからすぐなれる。 私は性格的には分裂型で少々躁鬱が入っているのだと思う。 さて、もう空想は終わりにしよう。

 朝鮮人参は本当によく効くのだろうか、蜂蜜との因果関係は、こんなもの元気な人間が飲んでこそ活力が出るのだ。 私のような人間が飲んでも効き目はないのだ。 まあ、腹の足しにはなるか。

 文章を閉じねばなるまい。

 後輩の諸君、自分たちの新しい道を築いてその道を歩いてください。


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