大阪大学 産業科学研究所

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2016.11.29
細胞分裂のスイッチを人工的に作り出すことに成功



熊本大学
大阪大学

【概要説明】

 生物は機械よりも遥かに複雑で、私たちは両者を全く違うものと思っています。しかし生物の基本単位である細胞はバネやネジの代わりにタンパク質やDNAを使って機械とよく似た仕組みを作り、それらを組み合わせることで生きています。

 今回、熊本大学大学院先導機構・持田悟准教授のグループは、オックスフォード大学(英国)B.Novak教授、大阪大学産業科学研究所永井健治教授らとの共同研究により、細胞が分裂する際の"スイッチ"を人工的に作り出すことに成功しました。

【研究の背景・内容】

 細胞が分裂する際にはそのDNAを2倍にコピーした後に、子細胞に等分することが重要です(図1)。コピーが終わらないうちにDNAが分けられてしまうと、コピーされていないDNA部分はどちらか一方の子細胞にしか伝わらず、それを受け取れなかった子細胞は正常に生きることができないからです。そのため細胞はDNAをコピーする時期(S期)とDNAを分ける時期(分裂期)を切り替えるスイッチを持っていることがわかっていました。

 分裂期は約千種類のタンパク質がリン酸化というマークを付けられることによって始まります。このリン酸化はS期ではほとんど起こっておらず、S期と分裂期を切り替えるにはこのリン酸化をスイッチのようにオン/オフしなければなりません。リン酸化を引き起こす酵素CDK*1と取り除く酵素PP2A*2がこれに関わることはわかっていましたが、本研究では両者がシーソーのように連動してはたらきを交替することがこのスイッチの仕組みの本質であることを明らかにしました(図2)。また私たちが毎日使う電灯のスイッチは、それを押す指の力がある強さになると急に切り替わります。この切り替わるときの力の強さは「閾値」と呼ばれスイッチの重要な特長ですが、本研究で作り出されたタンパク質でできたスイッチも閾値を持つことが示されました。

 従来の研究手法では、細胞の持つ数万種類のタンパク質の中から特定のもののはたらきを邪魔した際に細胞の振る舞いがおかしくなる様子を観察して、仕組み全体を推測するという引き算的アプローチが主流でした。しかしながらこの方法は推測を多く含むため、仕組みを確かに理解したとは言えませんでした。持田准教授らのグループは引き算的手法で見つかっていた中からCDKとPP2A、そして両者を連動させているタンパク質グループの合計8種類を選び出し(図2) 、それらを混ぜることにより細胞分裂で見られるスイッチを試験管内で作り出すことに成功しました。この手法は" 試験管内再構成(図3)" と呼ばれる足し算的アプローチであり、細胞そのものを使った実験に比べて非常に単純なことから、各々のタンパク質のはたらきとその結果の因果関係を明らかにすることが可能です。またこれまで2 日かかっていた実験結果の解析を約3 0 分に短縮する新たな光技術の開発や、スイッチの性質を調べる実験をコンピューターシミュレーションで数学的に結果を予測しつつ進めたことも本研究の特徴です。

 今回の成果は、細胞分裂ではたらいている複数のスイッチの中ではじめてその仕組みが十分に理解された事例であり、今後は同様の手法を用いてさらに高度な細胞機能の確かな理解へと進んでいきます。

 本研究成果はJSTさきがけ、科研費の支援を受けたもので、平成28年11月23日12:00(日本時間11月24日02:00)米国のCell系科学誌「Current Biology」オンライン版に掲載されます。

*1 サイクリン依存性タンパク質リン酸化酵素
*2 2A型タンパク質脱リン酸化酵素

【論文】

論文名:Two Bistable Switches Govern M Phase Entry

掲載雑誌: 2016年26巻24号
DOI:10.1016/j.cub.2016.10.022
URL:http://www.cell.com/current-biology/home

著者:Satoru Mochida, Scott Rata, Hirotsugu Hino, Takeharu Nagai, Bela Novak

図1 DNAのコピーと細胞分裂(上)正常な細胞分裂、(下)スイッチが異常な場合

図2 (左)CDKとPP2Aを連動させるスイッチ経路 CDKおよびPP2Aは3つのタンパク質からなる複合体のため、合計8種類となる(中央)試験管内再構成で見られた閾値(右)数学的解析でも閾値ができることを証明

図3 従来の研究手法と試験管内再構成アプローチの比較