大阪大学 産業科学研究所

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2019.04.11
柔らかいシート上へ実用スピントロニクス素子を直接形成することに成功 スピントロニクス素子のIoT応用展開を大きく拡大

【研究のポイント】

◆ハードディスクの読み取りヘッドや不揮発性磁気メモリで広く用いられている汎用的なスピントロニクス素子[CoFeB/MgO(コバルト鉄ボロン/酸化マグネシウム)系磁気トンネル接合素子]を、伸縮性のある有機フレキシブルシート上へ直接形成することに世界で初めて成功しました。
◆シートを引っ張ることで素子に応力が加わっていることが確認できましたが、外部磁界に対する素子の抵抗変化率は全く変化せず、素子の破壊も見られないことから、外部応力に対する高い耐性が示されました。また、350℃もの高温プロセスに耐えうる素子であることが確認できました。
◆柔らかいスピントロニクス素子は、固い基板上に形成されてきた従来の素子に比べ圧倒的にメカニカルデザインの自由度が大きく、ひずみゲージの感度向上や、フレキシブルデバイス周辺へ集積化された省電力な磁気メモリの配備を可能にするなど、IoT社会に適合した新たな応用展開が期待されます。

【概要】

磁気トンネル接合と呼ばれる、2枚の磁性薄膜で絶縁体のナノ薄膜をサンドイッチした構造は、ハードディスクの高感度な磁気読み取りヘッドや不揮発性磁気メモリの記録素子として広く活躍しており、代表的なスピントロニクス素子と言えます。中でも、CoFeBを磁性層に、MgOを絶縁層に用いた接合素子は、市販のデバイスにおいてすでに広く用いられています。しかし、これらの接合素子は硬い半導体素子上に形成され、外部から応力が加わった状況下で使用することは想定していませんでした。

東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻の太田進也氏、同小野真暉氏(工学部物理工学科)、同千葉大地准教授、株式会社村田製作所の安藤陽氏、大阪大学産業科学研究所の関谷毅教授らの研究チームは、世の中で広く用いられているCoFeB/MgO系の磁気トンネル接合素子を、柔らかい有機シート上へ直接形成することに世界で初めて成功しました。高い伸縮性と熱耐性を有する同素子は、スピントロニクス素子のメカニカルデザインの自由度を拡大し、フレキシブルデバイス周辺への磁気メモリの配備や、柔らかい磁気センサやひずみゲージの高感度化など、新たな産業応用展開へ直結するものと期待されます。

本成果は、2019年4月10日に、「アプライド・フィジックス・エクスプレス(Applied PhysicsExpress)」のオンライン版に掲載され、本誌のSpotlightsに選出されました。なお、本研究は株式会社村田製作所の協力を受けて実施されました。

【研究の背景】

電子素子を柔らかい基板上に形成するフレキシブルエレクトロニクスは、ウェアラブル機能をもたらすことや、電子素子の用途を拡大する重要な役割を果たしています。一方、固体中の電荷とスピンの両自由度を活用したスピントロニクスは、特に磁気記録デバイスやセンシング素子の高度化・省エネ化に大きな貢献をしてきました。スピントロニクス素子に「柔らかさ」が付与できれば、メカニカルデザインの自由度やウェアラブルな機能などが加わり、これまでの応用の範疇を超えた新たな展開が拓けるものと期待されています。

【研究内容】

研究チームは、ポリイミドからなる熱に強い有機基板上に、CoFeB/MgO/CoFeBトンネル磁気接合素子を形成しました(図1)。トンネル磁気抵抗素子では、2枚の磁性層(CoFeB)の磁化の方向が平行・反平行によって、高抵抗・低抵抗の状態が実現します。図2は同素子に350℃の熱処理を行ったあとの磁界印加に対する抵抗変化を示したものです。磁化が反平行の時に、平行時に比べ、抵抗が100%も増大する(つまり倍になる)ことが示されています。また、基板に引っ張り応力を加えていくと、基板のひずみ量が大きくなるほど、高抵抗時の磁界領域が広がっていることが分かります。これは、磁気弾性効果により、CoFeBの磁化が反転するのに必要な磁界の大きさが変化していることに起因しています。このように大きな磁気弾性効果が見えていることは、基板からトンネル接合部に確かにひずみが伝搬していることを示しています。一方で、最大の抵抗変化率は加えたひずみ量にほとんど依存しない(図3)ことが分かっただけでなく、強く引っ張った後にも素子の特性が作製時と全く変わらない、つまり外部から応力が加わっても壊れにくい素子が形成されていることが示されました。

【社会的意義・今後の予定】

今回得られた実験結果が示すことは、
・素子が伸縮性を示し
・引き延ばしに対しても磁気抵抗特性が変化せず
・そもそも350℃もの熱処理を行って作製しているため、熱耐性も高い
という事実です。また、従来の硬い基板上に形成された磁気トンネル接合とほとんど変わらない作製方法で形成できるため、将来の応用展開へ障壁なく直結するものと考えています。これまでの硬い磁気トンネル接合にはない、「柔らかさ」や「メカニカルデザインの自由度」が付与されたことで、例えば、生体表面に生じる程度の比較的大きなひずみが加わっても壊れない柔らかい磁気センサやメモリ、ひずみを感知する高感度なセンサ、それらを集積して知能をもたせたスピンセンサシートなど、今後のIoT社会にとって重要な様々な応用展開が期待できます。

【社会的意義・今後の予定】

雑誌名:「Applied Physics Express」(オンライン版2019年4月10日掲載)

論文タイトル:CoFeB/MgO-based magnetic tunnel junction directly formed on a flexible substrate

著者:太田進也、小野真暉、松本啓岐、安藤陽、関谷毅、河野竜平、井口照悟、小山知弘、千葉大地

【添付資料】

図1 柔らかい有機基板(フレキシブルフィルム)上に形成した CoFeB/MgO 系トンネル磁気抵抗素子
上部電極からトンネル磁気抵抗素子に電流を流し、上部・下部電極間の電圧を測定することで素子の抵抗を測定する。

図2 基板に様々な大きさのひずみを加えながら抵抗変化率の外部磁界依存性を測定した結果
基板へのひずみは図1の x 軸に沿って引っ張ることにより導入し、外部磁界は引っ張り軸と同じ軸に沿って印加。測定は室温。

図3 最大の抵抗変化率(トンネル磁気抵抗変化率)のひずみ依存性
図2における最大の抵抗変化率(トンネル磁気抵抗変化率)を縦軸にとり、横軸に基板に加えたひずみ量をとったときの結果。測定は室温。