大阪大学 産業科学研究所

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2019.12.05
回収不要、「土に還る」IoTデバイスの開発に成功 -紙の電子デバイスが実現する人・環境にやさしい情報社会-

概要

大阪大学産業科学研究所の春日貴章氏(大学院工学研究科博士後期課程学生・日本学術振興会 特別研究員DC1)、能木雅也教授らの研究グループは、セルロースナノファイバーで作った「土に還る」 IoTデバイスの開発に成功しました。

このデバイスは、市街地のみならず、農地や森林などあらゆるシーンで湿度などの環境情報をモニタリングし、その情報をワイヤレスで発信します。そして、このデバイスは紙(セルロースナノファイバー)と金属、石ころ(鉱物)という自然の恵みだけで作られています。したがって、使い終わった後に自然環境へ放置・流出されても、1カ月程度で「土に還る」という特徴があります。

農業、医療、都市管理、製造業など様々な分野で、天候情報、交通量、体調情報などを収集し、あらゆる場所と繋がることができるIoTデバイスの存在が欠かせないものとなりつつあります。今後も私たちを取り巻くIoTデバイスの数が増え続けることは間違いありません。しかし、寿命を迎えたデバイスの回収や電子ゴミによる環境汚染の問題を考える必要があります。

通常電子デバイスは情報収集(モニタリング)、無線による情報発信など機能が増えるほど部品の数が増え、分解や廃棄処理にかかる負担が大きくなります。今回、春日らの研究グループは木材由来の透明な紙「ナノペーパー」をデバイス基板だけでなく、情報収集用の湿度センサや情報発信用のコンデンサ誘電層としても応用しました。それらの「紙の電子部品」を紙の良さを損なうことなく組み合わせることで、湿度情報を無線信号として発信する機能を備えながら、土の中で総体積の95%以上が分解する、ナノペーパーIoTデバイスの開発に成功しました。

本成果は紙ベースの分解性IoTデバイスのプロトタイプを実証したものであり、今後更に高性能な「土に還る」 IoTデバイスが実現すれば、生活を彩る植物や花のようにどこにでも設置でき、自然のサイクルと調和した環境モニタリングが可能になります。道路標識に設置すれば交差点ごとのきめ細やかな天候情報の収集が、各家庭の玄関に設置すれば自宅周囲の災害情報のリアルタイムかつ詳細な把握ができるようになるかもしれません。

本研究成果は、米国科学誌「ACS Applied Materials & Interfaces」に10月29日付で公開されました。

図1

図1 IoTデバイスを「わざと分解」させ、自然のサイクルと調和させることで、環境負荷を抑えることができます。市街地や森・畑への大量設置や、回収が困難な地域(災害地域など)からのきめ細やかな情報収集を可能にします。

図2

図2 ナノペーパーIoTデバイスは紙とほんの少しの金属・鉱石のみで構成されており、土の中で総体積の95%以上が微生物などの働きによって分解されます。

研究の背景

セルロースナノファイバーは木材等を原料とする非常に細い繊維であり、その太さは髪の毛の1000分の1以下です。このセルロースナノファイバーが水に分散した分散液を乾燥させると、隙間なく積み重なり光を散乱しない透明な紙「ナノペーパー」を作ることができます。ナノペーパーは透明かつ熱を加えてもガラス並みに伸び縮みせず、表面が平滑であるなど電子デバイス基板としての優れた特性と、紙本来の軽さと柔軟性、生分解性を併せ持っています。これまで能木雅也教授らの研究グループではこれらの優れた特性を活かし、ナノペーパーを基板として用いたペーパーメモリ、ペーパートランジスタなど様々な「紙の電子部品」を開発してきました。しかし、紙の電子回路やデバイスを作製するためには、紙の良さである分解性を損なわずに、紙の電子部品同士を組み合わせて回路を作製する必要があります。

今回、春日らの研究グループはナノペーパーを受動素子(※1)の一つである「コンデンサ」の誘電層として評価しました。コンデンサはセンサ情報を処理し、無線で発信するための回路に必須の素子です。その結果、PET、ポリイミドなどの一般的なポリマー材料と比較して3倍以上の性能と、優れた積層性を持つことを明らかにしました。加えて、ナノペーパーを誘電層として使用したナノペーパーコンデンサは湿度に応じて性能が変化する、湿度センサとしても応用可能であることが判明しました。そこで、印刷・塗布プロセスのみを使用してコイル・抵抗・ナノペーパーコンデンサをナノペーパー基板上に実装したところ、湿度の変化に応じて無線信号が変化する、ナノペーパーIoTデバイスを作製することに成功しました。ナノペーパーIoTデバイスは分解を妨げるプラスチック基板や接着剤を使用しておらず、そのほとんどが「紙」で構成されているため、土の中で40日後には総体積の95%以上が分解しました。紙ベースのナノペーパーIoTデバイスはどこにでも気軽に設置でき、環境に優しいIoTデバイスの実現に向けた新しいコンセプトとして期待されます。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

通常スマートホンやPCをはじめとする電子デバイスは「いかに壊れず、長く使用できるか」に重点を置いて開発されています。しかし、街中や畑、森林など様々な場所に設置する必要のあるIoTデバイスにおいては、いつまでたっても壊れないという特徴はそのまま使用後の回収や環境への負担となります。 本研究成果は「あえて分解する」 ことで自然のサイクルと調和し、回収が困難な場所や数であっても設置可能な、分解性IoTデバイスという新しいコンセプトを示すものです。このコンセプトを達成する上での必須要素が「紙」であり、紙の良さを活かした電子デバイスの一例として、持続可能かつ環境負荷の低い「ペーパーエレクトロニクス」関連研究を更に加速させることが期待できます。

特記事項

本研究成果は、2019年10月29日に米国科学誌「ACS Applied Materials & Interfaces」 (オンライン)に掲載されました。

タイトル:""Return to the Soil" Nanopaper Sensor Device for Hyperdense Sensor Networks"
著者名:Takaaki Kasuga, Hitomi Yagyu, Kojiro Uetani, Hirotaka Koga, and Masaya Nogi

なお、本研究は、科研費・特別研究員奨励費(19J202410),科学技術振興機構(JST)未来社会創造事業(JPMJMI17ED)及び物質・デバイス領域共同研究拠点 "人・環境と物質をつなぐイノベーション創出ダイナミック・アライアンス" COREラボの一環として行われました。

研究者のコメント

紙の電子デバイス応用の話をした時、うんざりするほど「でも水(湿気)でダメになるんじゃないの?」と聞かれます。確かに紙は水を吸いますが、だからこそ湿度センサとして応用できます。また、「紙って弱いんじゃないの?」とおっしゃる方もいますが、分解性IoTデバイスは見方によっては弱い(分解する)紙だからこそ実現しました。

一方で、透明な紙は工夫すれば車のフロントガラスに使用できるほどの強度や安定性を持たせることも可能です。紙は身近な材料ですが、ただイメージで判断するのではなく、「どう弱いのか」を知ることで見えてくる未来もあるように思います。

用語説明

※1 受動素子
電子回路を構成する素子の中で、供給された電力を消費・蓄積・放出する機能を持つもので、増幅などの能動的な動作を行わない素子。中でも抵抗・コイル・コンデンサの3つは3大受動素子と呼ばれ、センサ信号の処理や電源安定化、無線発信回路などほぼ全ての電子回路において使用されている。