大阪大学 産業科学研究所

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2020.04.24
タンパク質自身にくすりをつくらせる革新的手法を開発 ―短時間で新規うつ病治療薬候補化合物の選定に成功―

研究成果のポイント

・疾患治療薬の早期創出につながる新しい創薬手法を開発した。
・本創薬手法は、病気の原因となるタンパク質自身にくすりをつくらせる方法で、これを利用することで、迅速かつ効率的にうつ病治療薬候補化合物を見出すことに成功した。
・今日の創薬研究では、化学者が化合物を一つ一つ合成し、活性を測定するという作業を行っているため、多くの時間と労力が必要とされているが、本創薬手法を用いることで、短期間かつ少ない労力で、画期的新薬を創出できると期待される。

概要

大阪大学産業科学研究所の鈴木孝禎教授、京都府立医科大学大学院医学研究科の伊藤幸裕准教授、京都大学大学院医学研究科の内田周作特定准教授らの研究グループは、がんや神経精神疾患の原因である金属含有タンパク質自身に医薬品候補化合物を合成させる方法を世界で初めて開発しました。

今日の創薬研究では、化学者の手で化合物を一つ一つ合成し、活性を測定するという作業を行っているため、創薬には多くの時間と労力が必要とされています。そのため、短時間かつ少ない労力で医薬品候補化合物を創出する新たな創薬手法が望まれています。

今回、鈴木孝禎教授らのグループは、がんや神経精神疾患の原因である金属含有タンパク質に着目し、つぎの①~④のステップにより、効率的に医薬品候補化合物が見出せることを示しました(図1)。①金属イオン(M+)に1か所で配位できる単純なアルキン化合物といろいろな構造を持つ単純なアジド化合物を標的タンパク質と混ぜ合わせる、②標的タンパク質中の金属イオン(M+)に配位したアルキン化合物とタンパク質のポケットに納まったアジド化合物は効率的に反応し、アルキン-アジド連結体(トリアゾール体)が生成する、③トリアゾール体は、標的タンパク質のポケットに納まり、かつ金属イオン(M+)に対して2か所で強く配位できるので、標的タンパク質を強力に阻害する、④そのままタンパク質の活性評価を行うことにより、トリアゾール体が医薬品候補化合物として同定できる。なお、標的タンパク質に納まらない、もしくは、納まりにくいアルキンとアジド化合物の組み合わせではトリアゾール体は生じることがなく、医薬品候補化合物とはなりません。本手法を用いることで、複数のアルキン化合物(m個)とアジド化合物(n個)の組み合わせ(m×n個)を短時間で評価することが可能です。そのため、化学者がm×n個の化合物を一つ一つ合成する必要がなく、効率的に医薬品候補化合物を探索することができます。実際に、鈴木教授らは、化合物を一つ一つ合成する従来の方法では6カ月以上かかるところを、本手法を用いることで、わずか2日で、うつ病治療薬候補化合物を見出すことに成功しました(特許出願済:特願2019-106166)。本創薬手法を用いることで、短時間かつ少ない労力で、画期的新薬を創出できると期待されます。

本研究成果は、2020年4月23日(米国時間)に米国科学誌「ACS Catalysis」にオンライン公開されました。

図1

図1
標的タンパク質自身に医薬品候補化合物を合成させる創薬手法の開発

研究の背景

医薬品は、病気の原因であるタンパク質に結合することにより、その薬効を発揮します。今日の医薬品開発では、数十万~数百万個の化合物ライブラリー※1をスクリーニングすることによりリード化合物※2を得て、病気の原因である標的タンパク質の結晶構造を基にした分子設計(Structure Based Drug Design, SBDD※3)により、その誘導体を設計、合成して構造最適化を行う方法が頻繁に用いられます。しかしながら、実際には、標的タンパク質が非常に柔軟で化合物によって構造を大きく変えてしまう場合や、標的タンパク質の結晶化が困難な場合が多いため、リード化合物の類似化合物を広範に一つ一つ合成し、それらの活性を測定することにより構造の最適化を行う方法をとらざるを得ません。しかも、こうして合成された候補化合物のうち、実際に薬になるのは、わずか3万分の1にすぎません。このように、医薬品創製研究には、多大な時間と労力、費用がかってしまうという実態から、有用で高活性な医薬品候補化合物を短時間で合成する新たな戦略が望まれています。

今回、大阪大学産業科学研究所の鈴木孝禎教授らの研究グループは、病気の原因であるタンパク質自身に医薬品候補化合物を合成させる方法を開発しました。さらに、この創薬手法を用いることで、短時間で、新規うつ病治療薬候補化合物を見出すことにも成功しました(特許出願済:特願2019-106166)。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

今回開発した新しい創薬手法を用いることで、短期間かつ少ない労力で、画期的新薬が創出されることが期待されます。

研究者のコメント

難治性疾患に対する新薬の早期開発が望まれる一方で、働き方改革が推進され、創薬研究者は効率的に効果の高い新薬を開発する必要に迫られています。今回、我々が開発した創薬手法が創薬研究者に広く利用され、革新的新薬の創出が早期に行われることを期待しています。

特記事項

本研究成果は、2020年4月23日(米国時間)に米国科学誌「ACS Catalysis」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:"Metalloprotein-Catalyzed Click Reaction for In Situ Generation of a Potent Inhibitor"
著者名:Yuka Miyake, Yukihiro Itoh, Yoshinori Suzuma, Hidehiko Kodama, Takashi Kurohara, Yasunobu Yamashita, Remy Narozny, Yutaro Hanatani, Shusaku Uchida and Takayoshi Suzuki
DOI番号:10.1021/acscatal.0c00369

なお、本研究は、JST戦略的創造研究推進事業CREST研究、AMED次世代がん医療創生研究事業、文部科学省(MEXT)の「人・環境と物質をつなぐイノベーション創出ダイナミック・アライアンス」の一環として行われ、京都府立医科大学 大学院医学研究科 伊藤幸裕准教授、京都大学 大学院医学研究科 内田周作特定准教授の協力を得て行われました。

用語説明

※1 化合物ライブラリー
新薬候補化合物のタネとなる化合物群。図書館に多種多様な本があるように、化合物ライブラリーには多種化合物が整理貯蔵されている。

※2 リード化合物
医薬品開発において、生理活性を持つ化合物で、その化学構造が、有効性、選択性、薬物動態学上の指標などを改良するための出発点として用いられるもの。最終的な医薬品を「導き出す(リードする)化合物」という意味。

※3 Structure Based Drug Design, SBDD
ドラッグデザインの手法の一つで、標的タンパク質の三次元構造についての化学的知識を使用して薬物設計をする方法。