大阪大学 産業科学研究所

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2020.05.20
ナノセルロースを自在に配列集積する液相3Dパターニング技術を開発 〜多軸配向による紙・フィルムの高性能化に貢献〜

研究成果のポイント

・ナノセルロース※1を配列させながら自在な構造に集積する液相3Dパターニング技術を開発した。
・ナノセルロースを複数方向に配列させた多軸配向フィルム※2を開発し、光学位相差※3や遅相軸※4ならびに熱伝搬性の制御性を確認することができた。
・次世代の光学機能性部材やペーパーエレクトロニクスの高性能化・省エネ化に向けた熱制御・光マネジメントが可能なフィルム・紙材料への展開が期待される。

概要

大阪大学産業科学研究所の上谷幸治郎助教らの研究グループは、ナノセルロースを配列させながら自在な構造に集積するための液相3Dパターニング技術を開発しました。この技術は、ナノセルロースを様々な方向に配列させた多軸配向フィルムのボトムアップ構築を初めて実現します。得られた多軸配向フィルムは、光学位相差と遅相軸が制御され、また熱の伝搬性も制御可能であることが確認されました。本技術は、光学・伝熱マネジメントが可能な次世代高性能フィルム部材の幅広い設計指針を与え、ナノセルロースを自在に配向させた高度材料や機能紙の開発を可能にします。

本研究成果は、国際科学誌「Nanomaterials」に、5月18日(月)に公開されました。

研究の背景

本研究グループでは、ナノセルロースに伝熱異方性や光学異方性を見出し、それらの特性を制御した高機能フィルム材料の開発を推進しています。生物体内で合成されるナノセルロースは、セルロース分子鎖が伸び切った特殊な結晶構造を取るナノ繊維状材料であり、形状と物性の双方で異方性が大きい材料です。このナノセルロースを設計通りに配列させ、熱や光の伝わり方を高度にコントロールすることで、次世代エレクトロニクスの高性能化・省エネ化に向けた熱・光マネジメント部材への展開が期待されています。

今回、上谷助教らは、ナノセルロースを一方向のみならず複数の方向に様々に集積した多軸配向集積フィルムを構築するための液相3Dパターニング技術を開発しました。本技術のコンセプト(図1)は、ナノセルロース懸濁液をシリンジ針から凝固液中に定速吐出し、流体力学的に繊維を配列させながらその吐出系をプログラムしたパターンに基づき移動させることで3次元的にパターニングします。凝固液中でナノセルロース懸濁液をゲル化させ、構造を壊さず凝固液から引き上げて乾燥させることで、プログラム通りの配向構造を持つナノセルロース100%のフィルムが成膜できることを見出しました。本手法を用いることで、市松模様に配向軸が異なる多軸配向構造をプログラムし、1枚のフィルムの面内で配向軸が異なる多軸配向集積フィルムの作製に世界で初めて成功しました(図2)。このフィルムには、海産動物であるホヤの外套膜から抽出したナノセルロースを用いています。直交する偏光板にフィルムを挟んで光透過性を観察したところ、明確な明暗パターンが見られ、複数の光学異方性軸があることを確認しました。より詳細には、市松模様の各ドメインにおいてほぼ同等の光学位相差が観測され、分子鎖方位に対応する遅相軸がプログラム通りの方位に配置されたことを確認しました。また、このフィルムに一方向の熱流を印加して各ドメインの温度分布を解析したところ、熱流と同じパターニング方向のドメインでは、隣接する直交方向のドメインよりも高温となり、熱が遠くまで伝搬したことを確認しました。すなわち、この液相3Dパターニング技術によってフィルムの光学ならびに伝熱特性の異方性をプログラム通りに設計できることを実証しました。

図1

図1
液相3Dパターニング技術によるナノセルロース配向フィルムの開発コンセプト

図3

図2
開発したナノセルロース多軸配向フィルム

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本成果は、ナノセルロースを多軸配列したフィルムの製造技術を開発し、光と熱を同時に制御可能であることを示した世界初の成果です。本技術により、ナノセルロースを用いて光や熱を自在に制御する多彩な配向フィルム・紙の開発が可能となり、複屈折を部位ごとに制御した次世代の光学機能性部材や、エレクトロニクスの高性能化ならびに省エネ化に寄与する熱拡散フィルム部材への展開が期待されます。

特記事項

本研究成果は、2020年5月18日(月)に国際科学誌「Nanomaterials」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:"Checkered films of multiaxis oriented nanocelluloses by liquid-phase three-dimensional patterning"
著者名:Kojiro Uetani, Hirotaka Koga, and Masaya Nogi
DOI番号:10.3390/nano10050958

用語説明

※1 ナノセルロース
長く湾曲したセルロースナノファイバーや、結晶領域のみを化学的に抽出した短く棒状のセルロースクリスタルの総称。いずれも、植物やバクテリア、ホヤなど天然に生物が合成するセルロースナノ繊維を指す。

※2 多軸配向フィルム
1枚のフィルム面内で複数の配向軸を併せ持つフィルム。特に、今回開発したフィルムは、複数の配向部位を隣り合った水平部位に配置できることが大きな特長である。

※3 光学位相差
光学異方性のある材料中を通過する光が2方向に異なる屈折を生じ、それぞれの光の振動に生じる位相差のこと。リタデーションとも呼ばれる。光学位相差が大きいほど材料の異方性(複屈折)が大きいことを表す。

※4 遅相軸
複屈折材料を通過する光の位相差が遅れ、光速が遅くなる軸方向のこと。材料中の高屈折率方向に対応し、ナノセルロースの場合は繊維の長さ方向(すなわちセルロースの分子鎖方向)に相当する。