大阪大学 産業科学研究所

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2021.03.12
水の力でもっと精密にナノ粒子をとらえる! ~ナノポアデバイスの開発で高精度な解析の実現へ~

発表のポイント

・半導体技術を用いて、ナノ細孔とゲート電極で構成される集積ナノポアデバイスを開発した。
・ゲート電極に加える電圧を通して生じさせるナノポア内の水流によって、ナノポアを通過するウイルスサイズの粒子の速度を、従来技術に比して1/10000にまで低減することに成功した。
・本成果により、固体ナノポア法によるウイルス検査の精度が飛躍的に向上すると期待される。

概要

大阪大学産業科学研究所の筒井真楠准教授・鷲尾隆教授・川合知二招聘教授と、華中科技大のHe(ハー)教授、九州大学先導物質化学研究所の龍崎奏助教・玉田薫教授による共同研究グループは、水中におけるウイルスサイズの物体の動きを精密に制御する固体ナノポア※1デバイスの開発に成功しました。

固体ナノポア法は、半導体技術で作製するナノサイズの細孔(ナノポア)を通るイオン電流※2を計測することで、そこを通過する1個のウイルスの検出・識別を可能にする超高感度センサです。しかし従来の固体ナノポア法では、物体が細孔を、1/1000秒に満たない僅かな時間で高速に通過するため、イオン電流計測が追い付かず、ウイルスの識別精度が劣化する、という課題がありました。

そこで、筒井准教授らの共同研究グループは、固体ナノポアにゲート電極を集積したナノポア構造を開発しました(図1)。この新規デバイスでは、ゲート電極に加える電圧によってナノポア内に水流(電気浸透流※3)を生じさせ、その流れの向きや勢いを自在に変えることができます。本研究ではこの原理を応用し、ウイルスサイズのナノ粒子のナノポア通過速度を、従来のものに比して1/10000倍にまで大幅に減速できることを実証しました。本技術の応用により、固体ナノポア法によるウイルス検査の飛躍的な精度向上が期待されます。

本研究成果は、ネイチャー・パブリッシング・グループ(NPG)の「Communications Materials」に、3月12日(金)19時(日本時間)に公開されました。

図1

図1:
上図:従来の固体ナノポアでは粒子が高速にナノポアを通過する。下図:それに対し今回開発した集積固体ナノポアデバイスでは、ゲート電極に加える電圧により、ナノポア内の水流を制御することで、ウイルスサイズのナノ粒子の移動速度を1/10000倍にまで減速できる。

研究の背景

我々はこれまでに、固体ナノポアセンサを応用した単一ウイルス識別法を開発してきました(Scientific Reports 8, 16305 (2018); ACS Sensors 5, 3398 (2020)/ https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2020/20201110_2)。固体ナノポア法は、半導体技術で作製するナノサイズの細孔(ナノポア)を通るイオン電流を計測することで、そこを通過する1個のウイルスが検出でき、さらに観測されるイオン電流信号の波形から、コロナやインフルエンザなどのウイルスの種類まで同定可能な超高感度ナノセンサです。しかし従来の固体ナノポア法では、物体が細孔を1/1000秒に満たない僅かな時間で高速に通過するため、イオン電流計測が追い付かず、ウイルスの識別精度が劣化する、という課題がありました。

そこで、筒井准教授らの共同研究グループは、固体ナノポアにゲート電極を集積したナノポアデバイスを開発しました(図1)。この新規デバイスでは、ゲート電極に加える電圧によって、ナノポア内に水流(電気浸透流)を生じさせ、その流れの向きや勢いを自在に変えることができます。本研究ではこの原理を応用し、ウイルスサイズのナノ粒子のナノポア通過速度を、従来のものに比して1/10000倍にまで大幅減速できることを実証しました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

松本准教授らの研究グループでは、電気化学インピーダンス法により、炭素コートシリコン電極よりも、シリコン/黒鉛シート複合体電極の方が、電極内部の抵抗が小さく、繰り返し充放電による抵抗の増加も抑制されることを発見し固体ナノポア法は、1個のウイルスを検出・識別できる超高感度なセンサであることから、まだ体内でウイルスの数が少ない感染初期におけるウイルス検査に応用でき、新たなウイルス感染拡大抑止策の一手として安心・安全な社会への貢献が期待されているものです。今回開発した新規ナノポア技術は、ウイルスを極低速で繰り返しナノポアに通すことを可能にするものであり、これにより、ナノポア法によるウイルス検査の飛躍的な精度向上が見込まれます。

特記事項

研究成果は、2021年3月12日(金)19時(日本時間)にネイチャー・パブリッシング・グループ(NPG)「Communications Materials」のオンライン版で掲載されました。

タイトル:"Field effect control of translocation dynamics in surround-gate nanopores"
著者名: Makusu Tsutsui, Sou Ryuzaki, Kazumichi Yokota, Yuhui He, Takashi Washio, Kaoru Tamada, and Tomoji Kawai

用語説明

※1 ナノポア
ナノメートル(10億分の1メートル)スケールの細孔。

※2 イオン電流
遺電荷を持った原子・原子団(イオン)の運動によって生じる電流。本研究では、ナノポアを挟んで電圧を印加することで、イオンをナノポアに強制的に通過させる。ウイルスがポアを通過する際、ポア内のイオンはウイルスの体積によって排除されるので、瞬間的にイオンの流れが阻害され、電気的なシグナルとして検出できる。

※3 電気浸透流
壁面に電荷を帯びた流路に電圧を加えたときに生じる溶媒の流れ。例えば負に帯電した壁面があれば、そこにはカチオンが引き寄せられ、電気二重層が形成される。流路に電圧を加えれば、壁面近傍に集まったカチオンは陰極に向かって移動し、その結果、溶媒の流れが生じる。本研究では、ゲート電極に加える電圧でナノポア壁面の帯電状態を変えることで、電気浸透流の流速を制御した。