大阪大学 産業科学研究所

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2021.09.29
マイクロRNAにおける2種類の化学修飾の直接同時検出に成功 難治性消化器がんの早期診断法の開発

発表のポイント

・1分子量子シークエンサーで、マイクロRNAの塩基配列決定と化学修飾解析を実現
・化学修飾間の干渉効果を発見
・マイクロRNAによる難治性消化器がんの早期診断への応用に期待

概要

 大阪大学産業科学研究所の谷口正輝教授、鷲尾隆教授と大阪大学大学院医学系研究科の石井秀始特任教授(常勤)らの研究グループは、1分子量子シークエンサー※1を用いて、転移性大腸がん等の難治性消化器がんのマーカーであるマイクロRNA※2で2種類の化学修飾を直接同時検出することに成功しました。
 マイクロRNAの化学修飾※3は、がんのマーカーになることが知られています。しかし、マイクロRNAの塩基配列と化学修飾を同時に調べる方法がなく、マイクロRNAを用いたがん早期診断法の開発の大きなハードルとなっていました。
 今回、本研究グループは、トンネル電流※4で1分子を識別する1分子量子シークエンサーを用いて、難治性消化器がんの細胞から採取したマイクロRNAの塩基配列と化学修飾を調べたところ、マイクロRNAに化学修飾されたアデニンとシトシンの2種類の直接同時検出に世界で初めて成功しました。これにより、化学修飾されたマイクロRNAの機能解明と、難治性消化器がんの早期診断法の開発が期待されます。

図

       図:1分子量子シークエンサーによるマイクロRNAの塩基配列決定と化学修飾解析。

 本研究成果は、英国科学誌「Scientific Reports」に、9月29日(水)18時(日本時間)に公開されました。

研究の背景

 RNAの化学修飾は、エピトランスクリプトームと呼ばれ、遺伝子発現を制御することが明らかになりつつあります。しかし、RNAの塩基配列と化学修飾を同時に直接調べる方法がありませんでした。
 本研究グループでは、マイクロRNAの塩基配列と化学修飾を同時に定量解析する1分子量子シークエンサーを開発してきました。1分子量子シークエンサーを用いて、難治性消化器がんの細胞から採取したマイクロRNAの計測・解析を行った結果、がんマーカーとなるマイクロRNA上で、塩基配列決定とともに、メチル化アデニン(m6A)とメチル化シトシン(5mC)の直接検出に成功しました。m6Aと5mCの直接同時検出は、世界ではじめてであり、m6Aと5mCの干渉効果や、複数の化学修飾が与える新たな発現制御に興味が持たれます。また、新たな化学修飾は、新たながんマーカーになると期待されます。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

 本研究成果により、新たながんマーカーの発見と、マイクロRNAに基づく難治性消化器がんの早期診断法の開発が期待されます。

特記事項

本研究成果は、2021年9月29日(水)18時(日本時間)に英国科学誌「Scientific Reports」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:"Single-Molecule RNA Sequencing for Simultaneous Detection of m6A and 5mC"
著者名:Takahito Ohshiro, Masamitsu Konno, Ayumu Asai, Yuki Komoto, Akira Yamagata, Yuichiro Doki, Hidetoshi Eguchi, Ken Ofusa, Masateru Taniguchi, Hideshi Ishii

DOI: https://doi.org/10.1038/s41598-021-98805-z

なお、本研究は、文部科学省科学研究費補助金と、科学技術振興機構・戦略的創造研究推進事業 CREST/機械学習と最先端計測技術の融合深化による新たな計測・解析手法の展開に関する研究の一環として行われました。

用語説明

※1 1分子量子シークエンサー
1分子を流れるトンネル電流の違いを読み出すことで、1分子種を識別する次世代DNAシークエンサー。トンネル電流は、量子力学的な電流であるため、量子シークエンサーと呼ばれる。

※2 マイクロRNA
22~25個の塩基分子から構成されるRNA。遺伝子発現の制御を行う。がんマーカーになることが知られている。

※3 化学修飾
ここでは、塩基分子の1個の水素が、1個の炭素と3つの水素(メチル基)に代わること。

※4 トンネル電流
量子力学的な微小電流。1分子のわずかな電子状態を読み出すことで、化学修飾の有無を識別することができる。

コメント

 がんマーカーであるマイクロRNAの塩基配列と化学修飾の同時決定は、高精度な早期がんの診断に応用できると期待されます。がんの早期発見は、健康寿命を延ばすことに貢献します。今回の結果はAIを用いて、塩基配列決定の定量的な精度で評価することにより得られたものです。今後、さらにAIや量子コンピュータと融合することで、1分子量子シークエンサーの実用化を加速し、可能な限り早く社会実装を目指します。