大阪大学 産業科学研究所
・シリコン製剤投与マウス腸管で、水素が多く発生していることを発見
・マウスを用いた動物実験でシリコン製剤が潰瘍性大腸炎の症状を改善することを発見
・原因不明の難治性疾患である潰瘍性大腸炎の悪化や再燃抑制と治療に期待
産業科学研究所の小林悠輝特任准教授と
小林光特任教授(常勤)が開発したシリコン製剤を用いて、医学系研究科神経細胞生物学の小山佳久助教、島田昌一教授と生命機能研究科の吉岡芳親特任教授(常勤)、筑波大学生命環境系の大津厳生准教授らの研究グループは、異分野融合型の共同研究で潰瘍性大腸炎の症状を改善したことを世界で初めて明らかにしました。
潰瘍性大腸炎の患者数は国内で22万人以上に上り、世界では日本はアメリカに次いで2番目に多い国となります。原因不明、難治性疾患のため根本治療がないため、治療薬の開発は急を要します。
潰瘍性大腸炎は大腸粘膜に潰瘍やびらん※1ができる原因不明の炎症性腸疾患※2で、寛解と再燃を繰り返して慢性化する難治性疾患です。発症原因の一つに酸化ストレス※3の関与が挙げられることから、適切な抗酸化作用を有する薬剤が本疾患の有効な治療薬となる可能性があります。そこで、研究グループでは、『開発されたシリコン製剤は経口摂取によって、活性酸素種の中でも最も有害なヒドロキシラジカルを効率的に除去する水素を腸管、特に大腸で大量かつ持続的に発生し続けることができるため、潰瘍性大腸炎に対して効果を示すのではないか』と考えました。本研究では、シリコン製剤が抗酸化及び抗炎症作用を介して潰瘍性大腸炎の大腸と脳の症状を緩和することを明らかにしました。
本研究成果は、米国科学誌「Scientific Reports」(Nature Publishing Group)に、6月11日(土)に公開されました。
図1 シリコン製剤は潰瘍性大腸炎の腸と脳の症状を改善した
潰瘍性大腸炎は大腸粘膜に潰瘍やびらんができる原因不明の非特異性炎症性大腸炎であり、寛解と再燃を繰り返して慢性化する難治性疾患です。消化管の炎症が脳腸相関※4を介して脳機能にも影響を与えるため、増悪期にうつ症状や不安障害など精神症状を発症する危険が高く、精神症状は潰瘍性大腸炎再燃に深く関与しています。従って、潰瘍性大腸炎の治療には腸と脳の両方の症状緩和に有効な治療薬の開発が求められます。発症原因の一つに酸化ストレスの関与が挙げられることから、適切な抗酸化作用を有する薬剤が本疾患の有効な治療薬になる可能性があります。
研究グループのシリコン製剤は、経口摂取によって水素を腸管で大量かつ持続的に発生し続けることができます。水素は有害な活性酸素を特異的に消滅できる、優れた抗酸化物質です。このように直接患部に抗酸化物質を持続投与できること、水素はこれまでに副作用の報告がないこと、パーキンソン病モデルマウスにおいてシリコン製剤は神経保護作用を示したことから(2020年6月18日のプレスリリース)、シリコン製剤は、寛解導入及び長期寛解維持が可能な潰瘍性大腸炎の治療薬になる可能性が高いと考え、本研究を遂行しました。
1)シリコン製剤は腸管内、特に大腸で多くの水素を発生していた
2019年10月25日及び2020年6月18日のプレスリリースで発表した通り、研究グループは、中性に近い水と反応して持続的に大量に水素を発生するシリコン製剤を開発し、シリコン製剤を投与したパーキン
ソン病や慢性腎不全の病態モデル動物において、その症状を緩和したことを明らかにしました。本研究では、シリコン製剤を投与したマウスでは、未投与マウスと比べて腸管でより多くの水素が発生している事実が明らかとなりました(図2)。
図2 組織1gあたりの水素発生量
図3 潰瘍性大腸炎に伴う大腸構造崩壊や酸化に対するシリコン製剤の抑制効果
図4 シリコン製剤の内臓痛や 内臓府不快感に対する抑制効果
本研究において、シリコン製剤は、潰瘍性大腸炎における大腸と脳の症状を緩和することがわかりました。シリコン製剤は、寛解と再燃の悪循環を断ち切ることのできる新たな治療薬候補として、大いに期待されます。
本研究成果は、2022年6月11日(土)に米国科学誌「Scientific Reports」(Nature Publishing Group)に掲載されました。
タイトル:"A new therapy against ulcerative colitis via the intestine and brain using the Si-based agent"
著者名:Yoshihisa Koyama1,2*, Yuki Kobayashi3, Ikuei Hirota1, Yuanjie Sun1, Iwao Ohtsu4,5, Hiroe Imai6, Yoshichika Yoshioka7,8,9, Hiroto Yanagawa1, Takuya Sumi1,10, Hikaru Kobayashi3, and Shoichi Shimada1,2
DOI:10.1038/s41598-022-13655-7
(*責任著者)
1. 大阪大学 大学院医学系研究科 神経細胞生物学
2. 大阪精神医療センター こころの科学リサーチセンター 依存症ユニット
3. 大阪大学 産業科学研究所
4. 筑波大学 生命環境系 生物機能科学専攻 応用微生物学
5. 株式会社 ユーグレナ
6. 筑波大学 テーラーメイドQOLプログラム開発センター
7. 大阪大学 大学院生命機能研究科
8. 大阪大学 情報通信研究機構 脳情報通信融合研究センター
9. 大阪大学 先導的学際研究機構
10. 大阪大学 大学院医学系研究科 細胞生物学
なお、本研究は国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)の研究成果展開事業
「センター・オブ・イノベーション(COI)プログラム」の支援及び日本学術振興会(JSPS)科研費JP21K15949の助成を受けて行われました。
※1 びらんと潰瘍:びらんは皮膚や粘膜の表皮が欠損し、下部組織が露出した状態。「ただれ」。消化管において、壁の欠損が粘膜内に止まる場合をびらんといい、欠損がさらに深層まで及ぶ場合を潰瘍という。びらんは治癒すると瘢痕が残らないが、潰瘍は治癒しても瘢痕が残る。
※2 炎症性腸疾患:免疫系の異常により、自分の免疫細胞が腸の細胞を攻撃することで腸に炎症が起こる病気。発症すると慢性的な下痢や血便、腹痛などの症状を伴う。主に潰瘍性大腸炎とクローン病の2種類がある。
※3 酸化ストレス:呼吸を介して取り込んだ酸素の一部は、非常に活性された反応性の高い化合物になる。その総称を活性酸素といい、他の物質を酸化させる力が非常に強い。特にヒドロキシラジカルは活性酸素種の中でも最も反応性が高く、酸化力が強いため、脂質、タンパク質や糖など生体内のあらゆる物質と反応し、細胞障害を誘発することで、がん、パーキンソン病や認知症などの様々な難病を発症する原因となる。
生体内において、活性酸素による酸化作用と抗酸化防御機構の均衡が崩れた状態を酸化ストレスと呼ぶ。病気などに伴う過剰な活性酸素産生や老化などに伴う抗酸化防御機構の低下によって起こる。酸化ストレスは、病気の発症や病態悪化に大きく関わる。
※4 脳腸相関:生物にとって重要な器官である脳と腸が、お互いに自律神経やホルモンサイトカインなどの液性因子を介して密接に影響を及ぼしあうことを表する言葉。例えば、ストレスを感じると腹痛を誘発し、逆に腹痛が起こると脳で不安感が増してくる。
※5 サルファーインデックス解析:サンプル中の硫黄化合物を網羅的に解析する方法。有機硫黄化合物、無機化合物だけでなく、酸化型や還元型硫黄化合物なども含めた70種類以上の硫黄化合物を検出することが可能である。本解析から得られる硫黄化合物種含量プロファイルデータをサルファーインデックスという。
※6 活性硫黄:アミノ酸の一つシステインに過剰に硫黄が結合した反応性の高い硫黄化合物の総称。過剰な硫黄原子をもつことにより生体内で強力な抗酸化物質として機能している。
潰瘍性大腸炎は、患部である大腸だけでなく神経症状も治療しないと完治できません。シリコン製剤は、大腸の炎症亢進や酸化ストレス蓄積などの病態だけでなく内臓不快感や内臓痛といった知覚・精神症状も改善することができました。これまでに副作用の報告がない水素を介して作用するシリコン製剤は、再燃を抑え寛解を維持できる新たな治療薬候補として期待されます。