研究成果の概要

有機材料の「優れた電気的・機械的特性(フレキシビリティー)」、「自己組織化現象」、「低エネルギー加工性」を応用したフレキシブルエレクトロニクスの基礎材料・物性研究および応用研究に取り組んできました。特に、有機ナノ分子積層技術、有機半導体/ 絶縁体界面制御技術、有機分子材料物性制御技術、評価技術、有機回路設計技術といった有機材料特有の技術開発を広範な領域において行うことで、有機トランジスタの高度集積化を実現してきました。「フレキシブル有機トランジスタ(TFT)作製の基盤技術の確立」と「機械的特性に優れたウルトラフレキシブルエレクトロニクス、ストレッチャブルエレクトロニクスの創出」を実現し、その有用性を世界に先駆けて実証いたしました。

また電子デバイスのみならず、共役系高分子型の有機電界発光デバイス(OLED)、バルクヘテロ型の有機光電変換デバイス(太陽電池、フォトディテクタ:OPD)を1 ミクロン厚みのプラスティックフィルム上に作製することで、装着感のない次世代ヒューマンインターフェース「Imperceptible Electronics」を創出し、次世代医療・福祉への応用研究を医師とともに進めています。

ソフト材料である有機物を用いた電子デバイス、光デバイス、機能性材料が、情報通信技術から医療福祉分野まで広範な領域において新しい科学を創出するとともに、新しい応用展開が可能であることを実証し、社会に示してきました。

一連の成果は、83 編の学術論文*1,*2、97 回の招待講演*3、および476 回の国際・国内の学術講演*4を通じて発表して参りました。

  • *1 査読付き欧文学術論文のみ
  • *2 “関谷毅( 東大)” のH-INDEX: 26、被引用数の合計:3328、論文の平均引用数:40.1
    (Thomson Reuters:Web of Knowledge より算出)
  • *3 本人登壇の国際会議及び国内会議における招待講演の合計
  • *4 共著を含むすべての学術講演の合計

主な研究成果一覧

A. フレキシブル有機トランジスタの高性能化

有機トランジスタの性能を飛躍的に高める新技術(有機ナノ分子積層技術、有機半導体/ 絶縁体界面制御技術、有機分子材料物性制御技術、有機回路設計技術[Nature Comm.2012, Nature Mater. 2010,2011, Science2009, Appl. Phys.Lett.2009, MRS Comm.2012])を確立し、有機トランジスタを用いたフレキシブル電子デバイスを世界に先駆けて開拓してまいりました。特に、材料、物性、プロセス、回路設計という広範な協奏的技術融合により、アモルファスシリコンを上回る電気性能(2V 駆動において移動度3.2 cm2/Vs)を持ちながら、柔らかさ(折り曲げ半径10 マイクロメートル以下)を兼備した“ウルトラフレキシブル有機トランジスタ” を世界に先駆けて実現いたしました[Nature2013, NatureMater.2010]。

現在までに、応答速度(1 段あたりの伝搬遅延 22us)[IEEE EDL2011]、低電圧駆動における移動度(3.2 cm2/vs)[Nature2013]、機械的柔らかさ(曲げ半径5 um)[Nature2013]、耐熱性(250 度) [Adv. Mater.2013]、低ノイズ性(10-24 A2/Hz)を実現し、各指標において世界でも最も優れた性能を有する有機トランジスタの作製プロセスを確立しています。

B. フレキシブル有機トランジスタの物性評価と制御

1 ㎜以下まで折り曲げられる優れた「柔軟性」と「電気特性」が両立した半導体デバイスは前例がなく、その電子状態、伝導機構は未解明のものが多くありました。私はこれを解明するため、高インピーダンスな有機トランジスタの微小なHall 測定を行うための高精度Hall 測定装置を独自に開発し、フレキシブルな有機トランジスタとしては世界で初めてのHall 測定に成功いたしました[Appl. Pys. Lett.2006,2007]これにより単結晶ルブレンを半導体層に用いた高移動度有機トランジスタと、フレキシブルな多結晶有機トランジスタでは伝導機構が異なり、フレキシブル有機トランジスタは、有機半導体の分子構造、半導体/ 絶縁体界面制御により、バンド伝導を示したり、熱的な励起を伴うホッピング伝導によるキャリア輸送を示すことを見出しました。さらに、この伝導物性はチャネル界面材料により制御できることを実証いたしました。

Hall 測定に加えて、世界に先駆けて有機トランジスタのフリッカーノイズの精密計測に成功し、これがキャリアトラップによるキャリア密度の揺らぎに起因することを突き止めました。半導体/絶縁体界面制御技術、熱処理プロセスを用いることでキャリアトラップの効果を最小限に抑え、世界最小のノイズレベルを持つとともに、特性バラツキの小さいフレキシブル有機トランジスタを実現いたしました。

C. 有機トランジスタの回路設計技術の確立と大規模集積化

大規模な論理回路を実現するためには、論理ゲートに急峻な反転特性( 高ゲイン) を示すCMOS インバータが欠かせません。しかしながら高移動度のN 型有機半導体はLUMO が浅いため、大気劣化が著しく、結果的に大気中では高い電気的特性が得られないという本質的な課題があります。私は、大気安定で高移動度のP 型有機半導体のみで、極めて高いゲインを示すインバータ特性を得ることが出来る回路設計手法「擬CMOS 回路」を世界に先駆けて有機トランジスタに応用し、2V 駆動で大気安定ながら、高いゲインと応答速度に優れた有機インバータの作製に成功いたしました[IEEE Trans.Elec.Dev.2011,IEEE Elec.Dev.Lett2011]。この技術により大規模な有機論理回路の安定動作を可能にすることが出来ました。

有機トランジスタの大規模集積化の一例としては、プラスティック微小機械(MEMS)スイッチと有機トランジスタを融合するという新領域を世界に先駆けて創製し、この手法で70W クラスの大電力を高効率に伝送可能なシート型ワイヤレス電力伝送システム[Nature Mater.2007]、通信システムの試作[IEEE Trans.Elec.Dev.2009]、世界初の大面積有機フラッシュメモリ[Science2009] の開発に成功しています。
一連の大規模集積化の取り組みは、電子回路のオリンピックと呼ばれる固体素子回路の国際会議(International Solid-State Circuits Conference: ISSCC(回路分野で最高権威の国際会議))に10 年連続で採択され、現在もその記録を更新し続けています[ 一例としてIEEE J. Sol.State.Circuit2005, 2007,2010, 2011, 2012, 2013]。

D. 印刷有機トランジスタの高性能化と大面積エレクトロニクスの創出

現在の情報通信(ICT)技術を支えるシリコンに代表される無機半導体テクノロジーの中で、シリコンが唯一苦手とする大面積製造に着目し、有機材料で大面積エレクトロニクスを作製する「大面積印刷センサシステム」を世界に先駆けて取り組んできました[IEEE Trans.Elec.Dev.2010, Nature Mater. 2007,Appl.Phys.Lett. 2008, 2007, 2006]。特に、従来のインクジェットと比べて1/1000 も微量の液滴を扱えるアトリットルインクジェットを世界で初めてアクティブ素子の作製に応用することに成功しています[PNAS2008, MRSComm.2011]。印刷プロセスにより、トップコンタクト型有機トランジスタとしては世界最小寸法(チャネル長1 ミクロン)を実現するなど印刷エレクトロニクスの分野におけるプロセス開拓を行ってきました。

E. ウルトラフレキシブル&ストレッチャブルエレクトロニクスの創出

2008 年より、大面積の有機エレクトロニクスを用いてヒトの生体情報を取得する応用研究へと進めてまいりました。特に、ヒトの表面に張り付けるセンサには伸縮性が必要であり、金属のように電気を流し、ゴムのように伸縮自在な導体が必要であるとの着想に至りました。そこでカーボンナノチューブを添加剤として世界最高導電率のゴムを開発して、世界では初めてのゴムシートのように伸縮自在な大面積集積回路の作製に成功するなど、ストレッチャブルエレクトロニクスという新分野を切り拓いてまいりました。
[Science2008, Nature Mater.2009, Adv.Mater.2010,MRSBulletin2012]。

F. インパーセプティブル(装着感のない)フォトニクスの創出

有機材料の自己組織化現象を用いて、有機トランジスタの半導体・電極・絶縁層を作製する際に基材フィルムへの低ダメージを極限まで抑えるプロセス技術を確立いたしました。その結果、1 マイクロメータの極薄膜フィルム上へ高度な集積回路の作製に成功しました。この独自のプロセス技術により世界最薄・最軽量の有機電子回路[Nature2013]、有機LED[Nature Photo.2013]、光検出器[Nature Comm.2012] を実現し、その応用例として装着感の無い次世代医療福祉用エレクトロニクス「Imperceptible Electronics」を創出いたしました。
現在、この技術を利用して超薄膜の生体情報増幅シート(生体信号アンプ)を作製しています[IEEE Trans.Elec.Dev.2012]。

G. フレキシブルデバイスを用いた生体信号計測センサの開発

本研究では、高導電性ストレッチャブル配線・超高精度アナログフロントエンド・低消費電力無線技術を融合することで、大型医療機器と同等の計測精度を有する脳波センサを開発しました。従来の数メートルもある脳波測定機器に比べて、本センサは厚さ6mm、重さ24gと軽く、額に貼り付けるだけで簡単に脳波の計測を行うことが可能となります。本研究では、脳波センサによる計測のみでアルツハイマー型認知症患者と健常者の脳活動を比較し、区別できることをつきとめました。今後は、家庭内や地域のかかりつけ医院、介護施設などで、認知症の簡易検査を目指していきます。

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