グラフェンシート一枚を丸めたCNTを特に単層ナノチューブ(SWNT)と呼びます。その大きさは直径1〜2ナノメートル、長さ1ミクロン以上であり、一次元量子細線、すなわち初等量子力学で取り扱われている量子箱の中の電子と同等に取り扱うことができます。このような場合そのエネルギー準位は離散的になることが分かっています。このような離散的なエネルギー準位を持つ系での電子輸送は、図1にあるように考えられます。
SWNTが巨視的大きさを持つ電極に接続された場合、電極金属のフェルミ準位と離散化したSWNTのエネルギー準位の相対的な関係により、図1A,Bのような二種類の接続の仕方が考えられます。Aでは電極のフェルミ準位と同じ位置にSWNTのエネルギー準位が存在するのでオーム性の電子輸送が可能になります。対してBでは電極のフェルミ準位の位置にSWNTのエネルギー準位が存在しないため、電子は輸送されない状態になります。この輸送されない状態を特に「クーロンブロッケイド」と呼びます。この輸送されない状態でも、図1Cの様に電極にバイアス電圧をかけることで、バイアス電圧分だけ相対的に電極のフェルミ準位が下がることになるため、SWNTのエネルギー準位と同じレベルになったところで電子輸送が可能になります。この図1Cの状態は最初の占有準位を通しての輸送になります。さらにこの状態から図1Dの様にゲート電圧をかけてSWNTの静電ポテンシャルを変化させ、第2の占有準位を利用して電子を輸送させることもできます。このドレイン電流−ゲート電圧特性の模式図を図2に示します。このような振動をクーロン振動と呼びます。このようにSWNTを一次元量子細線として利用し、そのバイアス電圧、ゲート電圧を変化させれば電子一個単位での輸送(単一電子輸送)が可能であり、ナノデバイスのスイッチング素子として応用の可能性があります。
図1:SWNTと金属電極接触系のエネルギー準位の模式図
図2:単電子輸送時のドレイン電流−ゲート電圧特性の模式図
我々の研究室では触媒金属をシリコン基板上にパターニングしてSWNTをCVD成長し、その上に電極となるTi/AuまたはPt/Auを蒸着してデバイスを作製しています。図2に触媒金属間に架橋して成長したSWNTのSEM写真を示します。丸く見えている部分には触媒金属としてMo/Feが蒸着され、その間にカーボンナノチューブが架橋しているのが分かります。
図3:触媒金属上に成長したSWNTのSEM写真
このように架橋したSWNTに図4のようにソース−ドレイン電極、ゲート電極を形成し、カーボンナノチューブ電界効果トランジスタ(CNT−FET)を作製します。このCNT−FETの低温における電流電圧特性を図5に示します。カーボンナノチューブのところで説明したとおり、CNTには半導体的・金属的なものがあるため、FET構造にした場合の電流電圧特性には、ゲート電圧を変えたときにドレイン電流が変化する半導体的な特性を持つもの、変化がほとんど見られない金属的な特性を持つものの二種類が出てきます。
図4:カーボンナノチューブFET構造の模式図
図5:CNT−FETの電流電圧特性
このCNT−FET構造でも、低温にすることで単一電子輸送特性を見ることができますが、我々の研究室では、このCNT−FETのチャネル部分であるカーボンナノチューブに、化学的な処理を加えることで複数の欠陥を導入し、図6にあるような単電子トランジスタ(SET)構造を作製しています。このような構造にすると小さな欠陥が障壁となり、室温においても単一電子輸送特性を観測することができるようになります。図7に室温で得られたクーロンダイアモンド特性を示します。ゲート電圧を変化させたときにドレイン電流が振動しているのが分かります。我々はこの単電子トランジスタをバイオセンサー等に応用しようと研究を進めています。
図6:SWNTを使用した単電子トランジスタ構造
図7:SWNTを用いた単電子トランジスタの室温におけるクーロンダイアモンド特性