薄膜を蒸着等で形成する場合、成長条件に依存して成長形態が大きく変わることは良く知られている。
また、成長様式と成長条件の関係についても、結晶成長理論に基づいて少なくとも定性的には
良く理解することができる。しかし、メゾスコピックスケールでの膜表面のラフネスや構造揺らぎ等、
よりミクロなレベルで構造を理解するための物理的な枠組みは、まだ完成されていない。
我々はこのような問題意識に基づいて、この研究テーマに取り組んでいる。
我々は、Si(111)表面上のフッ化カルシウムのヘテロエピタキシャル成長をモデルケースとして
取り上げ、研究を進めている。図は、1層以下のCaF2を蒸着したSi(111)表面の走査トンネル顕微鏡
(STM)像である。像の明るく見えている部分がCaF2で覆われている場所で、基板のステップから
ステップフローで成長した部分と、テラス上で形成された2次元島が観察される。
エピタキシャル成長の初期過程では、2次元核の形成が起こる。2次元核の形成は、テラス上もしくは ステップエッジで起こる。ステップ密度が低い場合は、テラス上での核形成が支配的であるが、 ステップステップ密度が高くなるにつれ、ステップエッジでの2次元核の形成される割合が増え、 最終的にはステップフローによって膜の層成長が進むようになる。 図は、Si(111)基板上のCaF2島の様子を観察したSTM像であるが、テラス幅が広がるにつれて、 テラス上の2次元島の密度が増加していることが分かる。また、温度が低い方が、 テラス上の2次元島の密度が高いことも分かる。
さて、上のSTM像で示したような、テラス幅が狭い場合にはステップフローで成長し、 広くなると2次元核形成・成長へと移り変わる成長様式の変化は良く知られた事実であり、 テラス上の吸着原子濃度について考えれば定性的には容易に理解できる事である。 我々は、特にこのテラス幅に依存した成長様式の移り変わりを正確に理解するために、 CaF2/Si(111)表面の実験結果について詳細に考察した。図は、STM像から求めた 2次元島密度のテラス幅依存性である。2次元島の密度は、テラス幅の約4乗に比例して 増加していることが明らかになった。2次元島の形成速度を核形成の理論を使って近似的 に求めると、テラス幅の(2×安定に存在できる2次元島のサイズ)乗に依存することが 予想される。従って、実験で得られた島密度のテラス幅依存性は、CaF22次元島 の安定に存在できる最小島がCaF22分子で形成されていることを示唆している。 即ち、我々の実験条件では、Si(111)上のCaF2成長は不可逆で進んでいると考えられる。