研究内容紹介

半導体表面における光誘起構造変化現象の研究

(1) 化合物半導体InP表面におけるトンネル電流励起表面原子ボンド切断機構の研究
レーザーの価電子系励起によるInP表面での表面原子ボンド切断機構に関しては、基本的に昨年度の研究でその機構を解明した。光励起では、価電子帯の正孔と伝導体の電子が同時に生成され、電子-正孔再結合は構造変化の阻害要因として働く。この効果を取り除くとともに、2正孔局機構の直接的証拠を得るべく、STMチップ先端からの電子注入、正孔注入の条件下での表面構造変化を研究した。主な成果は、以下の通りである。

  1. 試料とチップとのバイアスを変化させ、種々の電荷注入下での表面P原子の空孔生成効率を測定した。試料バイアスが負となる正孔注入条件下では、通常の原子像観察に用いる1nA以下のトンネル電流においても、P原子空孔の生成が生ずる。一定電荷量注入下でのP原子空孔の収量は、-1.2Vを境(閾値)としてそれ以下のバイアスで増加し、一方電子注入条件下では、+5eVのバイアスでもP原子空孔は生成しない。この結果は、表面原子のボンド切断には、価電子帯に注入された正孔が決定的な役割を果たすことの直接的な証拠である。
  2. チップからの正孔注入によって発生する欠陥形態は、レーザー光励起の場合と同様なフェルミ準位効果を示し、チップ励起の場合も、光励起による価電子系励起と同様、2正孔局在過程が支配的であることが明らかとなった。

これらの結果は、化合物半導体表面における励起誘起構造変化機構に立脚し、その現象を、空間的・量的に制御して、表面ナノ構造創製を実現する重要な基礎となる。

(2) Si(111)-(2x1)表面における光誘起表面構造変化現象の研究
半導体表面が示す1つの典型的事象としての光励起に対する敏感な構造的応答(励起誘起構造不安定性)の機構を、より一般的な見地から明らかにする為に、典型的な擬1次元再構成構造を有するSi(111)-(2x1)表面に対する表面構造変化の研究を行っている。その意義は、①表面構造の次元性が励起誘起構造不安定性に与える影響を明らかにする事、②表面電子状態の光学遷移がバルクギャップ中に存在し、結晶電子系の励起と表面状態の励起が明確に区分できる系である事、にある。昨年度の最低エネルギー価電子励起を与える1064 nm励起の場合の構造不安定性の機構解明に引き続き、今年度は、表面光学遷移を赤外フェムト秒レーザーで直接励起して、表面電子状態のみを励起した場合に発生する表面構造変化の研究を行った。その結果、
1)表面電子系の励起によって3配位Siのボンド切断が発生する事、
2)ボンド切断効率は、励起強度に非線形的に依存する事、
が明らかとなった。これらの結果は、表面原子の局所的ボンド切断が、表面正孔の非線形局在によって発生することを示す。得られた結果は、定量的に、2正孔局在機構によって完全に記述される。

 

フェムト秒2光子光電子分光による表面励起動力学の研究

フェムト秒2光子光電子分光の手法を用いて、Si(001)-(2x1)表面、およびSi(111)-(7x7)表面における光励起電子の超高速動力学に関する研究を継続・展開した. その特徴は、フェムト秒オプティカルパラメトリック発振器を250kHzで動作させ、ポンプ光とプローブ光との独立な波長可変化を実現した実験装置を構成している点にある。今年度は、今までの励起電子にたいする動力学的研究のみならず、プローブパルスにTi:Sapphireレーザーの4倍高調波を用い、正孔系の緩和動力学研究に着手した。その成果は、以下の通りである。


(1) Si結晶におけるX valley内緩和に対する超高速動力学の研究
上記2種のSi表面において、結晶内部の伝導帯底に対応するエネルギー位置に、明瞭な光電子放出ピークを観測し、それが、伝導体底近傍から表面付近にのみ振幅を有するinverse LEED状態へ、結晶ポテンシャルの表面での変化に起因する効果(surface photoelectric effect)によって遷移が引き起こされて誘起されるものであることを明らかにした。その知見に立脚し、0.6eV程度のexcess energyを有するhotな励起電子がX valley内を緩和する過程を実験的に研究した。その結果、

  1. 励起後100fsの時間内に伝導体底まで緩和し、電子温度が2000K程度の準並行分布を形成すること、
  2. その緩和過程で、電子系に複写場から与えられた約半分のエネルギーがすでに格子系に与えられ、急速なheating効果を誘起すること、
  3. その後、240fsの時定数で格子系との平衡を達成すること、
  4. その平衡に至る過程で急速に表面状態へ遷移し、それ以後の拡散を特徴づける電子の空間分布が形成されること、

が明らかとなった。


(2) Si(001)-(2x1)表面における研究

この表面は、応用的にも最も重要な表面であり、いままでいくつかの研究が展開されているが、結晶内電子系を占有する電子が、どのような動力学を経て表面電子系へ遷移するかに関する直接的な知見は得られておらず、多くの問題が残されていた。結晶電子系の励起に、赤外光、および紫外光のフェムト秒パルスを用い、光学遷移過程を制御しながら、バルク伝導電子および表面状態電子の分布変化を詳細に追跡した。その結果、

  1. 平衡状態に達した結晶伝導帯の電子系から表面電子状態への遷移は、伝導体底からフォノンエネルギーだけ異なる表面電子状態へ、遷移速度2.5x1013s-1で発生する事、
  2. 励起後数ps後の伝導電子の時間応答は、上記の遷移速度で決まる表面再結合速度と試料内部への拡散によって支配されること、
  3. フェムト秒パルス励起後数psまでは、発生した結晶内電子状態に依存する緩和過程と電子温度に著しく依存する表面電子状態への遷移を示すこと、

が明らかとなった。以上の知見は、放出光電子の角度分解および時間分解の双方を駆使することによってはじめて明らかとなった新たな知見である。


(3) Si(111)-(7x7)表面における研究
最も代表的な再構成表面であるSi(111)-(7x7)に対して、系統的なフェムト秒時間領域の時間分解キャリヤー動力学の研究を行った。その結果、
1)表面非占有状態における電子占有分布が、光励起後200フェムト秒以降では、基本的にフェルミディラック分布によって記述されることを見出し、表面電子系の準フェルミ準位および有効電子温度の時間変化を正確に測定した、
2)励起後1ps以降の表面状態への電子分布は、結晶伝導体からの遷移によって決まり、一方それ以前は、hot carrierからの動的遷移および表面状態間の光学遷移による動的な過程であること、
が明らかとなった。これらの結果は、半導体表面におけるキャリヤー動力学の支配要因を統一的に理解する上で、極めて重要な知見である。

 

励起効果を用いた非平衡材料プロセシングの研究

・荷電粒子照射及びプラズマプロセスを利用した材料改質
粒子線照射・プラズマプロセス複合工程表面直接改質法を用いて、種々の金属材料の表面の高機能セラミック化し、耐超高温性、高熱伝導性、高硬度、耐摩耗性 等の高機能性付与を目標とした応用研究を行った。今年度は、反応性プラズマ処理により、Ti表面層のTiCへのセラミック化に成功するとともに、重水素を 吸蔵させたPdナノコンポジット材料Pd/ZrO2を作成し、その原子配列解析を行った。これらは、いずれも、量子機能科学研究部門(光・電子材料研究分 野)との共同研究である。