ナノテクノロジー
南谷 英美 (ナノ機能予測研究分野 教授)
※第17回(2022年10月取材)
物質のミクロな構造を数理で読み解き、次世代の優れた特性を発見する
熱伝導率の高精度な予測に成功
半導体の材料であるシリコン(Si)の結晶は、ダイヤモンドのように原子が規則正しく並んだ構造をしている。ところが、液体の状態から急冷すると原子同士が不規則に結合したアモルファス(非晶質)という固体の構造に変わり、光をよく吸収したり、熱が伝わりにくくなるといった特性を持つ素材が得られる。すでに太陽光発電などに実用化されているが、さらに有用な機能を見つけ、次世代の素材として自在に活用するためには、乱れた構造の中に秘められた微細構造の局所的な規則性を読み解き、さまざまな物理現象との関連を詳細に調べる必要がある。
その突破口を拓いたのが南谷教授だ。素材の信頼性や性能に直接関わる熱の移動のし易さについて、新たにトポロジカルデータ解析の手法を使い、アモルファスシリコンの構造の乱れに応じた熱伝導率を高精度に予測する技術を開発し、その変動の原因を突き止めた。
データ解析で乱れの特徴を抽出
アモルファスは、完全に無秩序な構造ではなく、ナノ(10億分の1)メートルという原子レベルの微小な範囲では規則性がある。そこで、南谷教授は、まず、アモルファスシリコン作成時の冷却する条件を変えてシミュレーションし、多くのパターンのモデル構造を作成し、それぞれの熱伝導率を計算した。
画期的なのは、「パーシステントホモロジー」というトポロジカルデータ解析の手法を使い、構造の乱れの特徴を引き出したこと。アモルファス構造の中で、どのように Si 原子同士がリング状に繋がっているかの分布を示す図を作成し可視化した。
これらのデータを数値化して、構造から熱伝導率を出力する機械学習モデルの入力とすることで、精密な予測値が算出できた。また、ミクロ構造の解析から、原子が五角形に連結した状態が規則性をもたらす最小単位として熱伝導率の変動に強く影響。これが大きく歪んで四角形になると、原子間に働く力のバランスが崩れて、熱伝導率が低下することがわかった。
「数理科学を応用することで、いまの実験の技術だけでは見えない複雑な構造が明らかになりました。合金など他の乱れた構造にも応用できるので、汎用化していきたい」と意欲を見せる。
新たな多体効果を探る
研究の出発点から、「多体効果」と言われる物理現象を主なテーマにしてきた。物質内で多数の電子や原子などが相互作用すると、それぞれの粒子1個が持つ性質を超える機能が現れるというもので、例えば電子と電子が特殊な対(クーパー対)を組めば、電気抵抗がなくなり、超伝導になる。南谷教授は、「多体効果の理論研究は、複雑な相互作用を扱うために、物質の詳細については単純化したモデルで行うケースが多い。私は、具体的な物質の中で実際に起きているミクロな相互作用からマクロな物性が生じる過程を追跡しようと考えています」と抱負を語る。
現在、取り組んでいるもう一つのテーマは電子が、「フォノン」という原子の振動(格子振動)エネルギーとの相互作用で散乱される現象。熱の発生や伝導に深く関係する。相互作用を制御、観察しやすい表面やグラフェンなどの層状物質をターゲットとした実験研究者との共同研究を進めている。実験データと、南谷教授が、物質中の電子の動きをシュミレーションする第一原理計算などを組み合わせて精密に解析し、新たな多体効果の発見に結びつける。パソコンの半導体の過熱を抑えるなど省エネの課題解決もターゲットのひとつだ。
無理せず楽しんで
物理を使った研究を続け、いまでは数学を応用した理論研究も行っている南谷教授だが、大阪大学に入学するまでは「数学に興味はあったが、苦手でした」と振り返る。「微積分などの問題を手書きで計算して解くのが性に合わなかった。コンピュータのソフトが充実し、複雑な計算も自動的に処理できることを体験したことが、数学を使った研究に取り組む一つのきっかけになりました」
その後、理化学研究所、東京大学、分子科学研究所と研究の舞台が変わる中で、思わぬ発見にも出合った。
走査型トンネル顕微鏡(STM)は、金属の尖った探針を試料表面に近づけて流れる電流にを調べる分光分析だが、電流の変化からフォノンを検出することもできる。実験の共同研究者から「特定の波長に変なピークがデータに出る」と相談された南谷教授は、そこに電子とフォノンの強い相互作用があることを理論研究で突き止め、新たに観察の精度を高める方法を開発した。「常識にない変な現象が出るほど研究は面白くなります」
身内に理系、文系の研究者がいて、楽しそうに自分の決めたテーマに取り組んでいるのを見て育ったのが研究者になったきっかけ。「興味のあるテーマをベースにして、仕事の量も調節できる自営業のような仕事」という。研究者は苦しいというイメージが先行して若年層の志望が減る傾向にあるが「あえて無理せず楽しくをアピールして若手の呼び水にしたい」
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末永 和知 (ナノ構造・機能評価研究分野 教授)
※第15回(2021年10月取材)
最高性能の電子顕微鏡を開発し、ナノの世界の未知の現象を解明する
欧州最大のプロジェクト
電子顕微鏡は、発明後90年を経て進化し、物質を構成する個々の原子の姿が捉えられるとともに、原子の振る舞いを反映した電子の状態を調べる機能が備わってきた。このような電顕で視る能力の指標である「分解能」は日増しに向上し、ナノ(10億分の1)メートルの世界の特有の物理現象に基づいて作動するナノテクの新素材などの開発には大きく貢献すると期待されている。そこで、末永教授は、欧州の研究者とともに、欧州研究会議(ERC)の最大の研究プロジェクトのひとつとして、「世界最高の分解能を合わせ持つ電子顕微鏡の実現」を目指す研究に着手した。「ナノ材料の微細な構造を見るだけでなく、超電導の仕組みやリチウムイオン二次電池の電極の電荷移動量の測定などナノレベルの物理現象を調べていきたい」と意欲をみせる。
電子顕微鏡は、可視光を使う光学顕微鏡とは異なり、波長が非常に短い電子線(電子の束)を加速して試料に照射し、透過した電子の強度のデータから写し絵のように結像するので、波長に応じた大きさの原子のレベルまで判別できる。さらに、電顕に組み込んだ分光器で透過のさいに電子が失ったエネルギーを測り、試料の電子状態を明らかにする。その「エネルギー分解能」は、今回のプロジェクトでは世界初の技術を使い、最高レベルの精度に達する予定だ。
原子の振動エネルギーを捉えた
末永教授は、産業技術総合研究所(茨城県つくば市)の首席研究員だった2019年に、プロジェクトのきっかけになった研究成果を英科学誌「ネイチャー」に発表している。炭素が1原子の厚みで平面状に結合する「グラフェン」という有力なナノ材料についての研究で、電子線を照射して原子が振動(格子振動)し、生じた波が試料全体に伝わるときのエネルギーと運動量を計測。熱伝導など原子の基本的な性質に関わるデータを抽出することに成功した。
また、その測定可能な範囲(空間分解能)は、従来の約100分の1の10ナノメートルと極小である。このため、これまで材料全体(バルク)の平均値としてしか捉えられなかった現象について、例えば、半導体材料の中心部と端部での差異といったナノテク開発には欠かせない詳細なデータを直接、精密に測定できるようになった。
逆転の発想でクリア
「研究では誰もが予測できる成果は、いずれ誰かが達成する。そこで別の方向を選び、誰も思いつかないテーマを探してきました」と末永教授は振り返る。東京大学の大学院生のころ、炭素原子数十個が球状に結合した「フラーレン」に出合う。全く知らない構造で、当時の電顕は炭素原子の姿を捉えられなかったものの「実際の姿を詳細に見たい」と研究に取り組んだ。卒業後、フランスの大学の博士研究員になり、電顕の大型化が中心の日本とは異なる欧州流の電子線解析技術などを習得して帰国した。
その後、炭素原子が結合した筒状の分子「カーボンナノチューブ」や、念願の「フラーレン」などナノテク材料の構造の観察に成功した。それは「軽い炭素原子は高電圧で電子線を加速して分解能を上げようとしても弾き飛ばされて測定できない」とされていたのを、「電子線の加速電圧を10分の1に下げる」という逆転の発想で挑み、像を結ぶ電子レンズの収差(ずれ)を補正するドイツで開発された技術を採用した成果だった。この低加速電子顕微鏡は炭素やリチウムなど軽い元素を測定する主流の方法となっている。
「電子顕微鏡の研究は大がかりな研究費が必要で、研究発表は特定の研究室に偏る傾向があります。今回、開発する電顕は世界に一台しかない高性能ですが、だれでも使えるようにしたい」と後進の育成に気を配る。「欧州で驚いたのは学生が論文の発表直前でも時間が空けば、一日浜辺で遊ぶほど切り替えが上手なこと」と評価し、自身も出張の時は、必ず鞄に水着を入れている。
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服部 梓 (3次元ナノ構造科学研究分野 准教授)
※第11回(2020年2月取材)
高性能の材料でコンピュータ処理の限界を突破する
劇的に抵抗が変化
とめどなく肥大化する情報社会の中で、膨大なデータを処理するコンピュータの能力を飛躍的に向上させる技術の開発は喫緊の課題である。これまでコンピュータ本体のLSI(大規模集積回路)回線に組み込まれたトランジスタ(半導体素子)の数を増やして高密度化し、計算能力を高めてきた。ところが、そのための微細化技術は、最小線幅が10ナノ(10億分の1)メートルという限界に差し掛かっているからだ。予想されていた技術の壁が現実になってきたため、機能が高い新たな材料の素子を作ったり、平面構造のLSIを立体化して増やす余地を広げたり、技術革新をめざす研究開発が盛んに行われている。
服部准教授の研究材料は、次世代のコンピュータ素子材料の有力候補として期待される「強相関金属酸化物」。マンガン(Mn)、ニッケル(Ni)、バナジウム(V)といった金属の酸化物で、温度などのわずかな変化により、「絶縁体」と「金属」のどちらかの状態に一気に相転移するとともに電気抵抗が劇的に変わる。この特性は、省エネで強力なスイッチ役のトランジスタなどエレクトロニクスの新材料として注目された。しかし、硬くてもろい性質で超微細加工が困難なため、この物質の本来の特性がわかる最小単位のナノサイズの材料(ナノ構造体)が得られず、研究のネックになっていた。
分子を積み上げる
そこで「ナノ構造体が集合した薄膜の状態から取りだすのではなく、ゼロから分子を積み上げていけばいい」と逆転の発想により服部准教授が開発したのが「3次元ナノプレートPLD法」。立体のパターンを形作るため凸型の基板を作製。まず、エピタキシャル成長という半導体製造技術を使い、基板上に立体の縦軸方向に結晶を成長させる。次いで、基板を60-90度傾斜して、不可能といわれた側面(横方向)にも結晶を伸ばす方法により、世界で初めて最小サイズのナノ立体構造を誕生させることに成功した。
このナノ構造体は10ナノメートルから100ナノメートルまでの長さで高精度に作り分けられ、トランジスタの部品としても成形できる。特性をみると、ナノ構造体1個の抵抗の変化率は、集合体で特性が緩慢に現れる薄膜に比べて極低温下で8万倍もあるなど、際立って優れた材料であることがわかった。
また、LSIの立体化に欠かせない、立体加工したシリコン基板の側面の状態をチェックする技術の研究も手掛ける。これまで不可能と言われた原子1個分の0・1ナノメートルの高精度で顕微鏡観察することに成功。側面が平坦であるかどうかを精密にチェックして性能を向上させる道を拓いた。
常識にとらわれない
服部准教授は奈良先端科学技術大学院大学の学生時代に表面科学の研究室で実験装置づくりを体験し、大阪大産研に移って相転移など基礎物性科学 の研究に取り組んだ。「さまざまな分野を学び、素直に疑問を持ったことで、常識にとらわれない問題意識が身に付きました」と振り返る。「研究成果が超高速コンピュータや、神経細胞の活動を模したコンピュータの開発につながれば」と夢は膨らむ。
一方、家庭では、研究のパートナーでもある夫の服部賢・奈良先端科学技術大学院大学准教授とともに、2人の中学生の子育てに励む。料理が得意だが 、効率を考て、見栄えよりも味や栄養を重視する時短派。「料理も実験のようなもの」との実感があり、調理中に研究のアイデアが浮かんだことがある。「幸福度が高い人は創造性が増す」とも。男女共同参画のイベントを積極的に企画して、女性研究者だけでなくすべての女性が輝ける環境づくりを支援している。
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田中 秀和 (ナノ機能材料デバイス研究分野 教授)
※第4回(2017年7月取材)
物質を構成する原子や分子を自在に積み上げて組み合わせ、磁性体(磁石)や高温超電導体の材料をナノ(10億分の1)メートルという極小単位のサイズで創りだし、これまでの常識の限界を越える優れた機能を持たせる。このようなエレクトロニクス分野の究極の材料創成に田中研究室は挑んでいる。
田中教授らの研究材料は、鉄(Fe)やバナジウム(V)、酸素(O)などを含む機能性酸化物と総称される物質。半導体材料のケイ素(Si)にはない多彩な特性を持つ。
物質の性質は、原子、分子の組み合わせと、付随する電子のスピン(動く方向)によって決まる。機能性酸化物の場合、電子スピンが結晶のように規則正しく並んだ電子固体(固相)であれば絶縁体になり、それが電子液体に相転移すれば強磁性体や超伝導体の性質が現れる。さらに、物質中の電子同士が反発し合い磁性を生む「強相関電子系」の特性があり、磁場、温度、光などのわずかな刺激により、電気抵抗にして10倍-1千万倍の巨大な物性の変化が起きる。だから、シリコン半導体の超集積回路の微細化の限界が指摘される中で、異なる動作原理による省エネで高速、大容量の次世代スイッチング・メモリの材料として期待されている。
田中教授らは、真空下で蒸着して原子や分子を積み上げ、自在に立体的な形を設計できる方法を開発し、世界で初めて、不可能と言われた10ナノメートル以下のサイズのデバイスづくりに成功した。「このサイズでも1万個以上の電子を含むため、巨大な相転移動作が室温で安定的に行えることが実証できました。さらに、限界まで縮小し、特別仕立てのナノ構造による究極の磁性体で新たな科学の分野を拓いていきたい」と語る。
高校生のころ、高温超電導体発見のニュースに衝撃を受け、科学の本を読んで「原子で結晶の人工格子をつくると新しい物質ができるなんて神様のようだ」と進路を決めた。「直観やひらめきを信じてやってみる」が信条。自宅ではメロンやブドウを栽培するが「肥料の濃度を変えて収穫時に比べ、いつの間にか実験しています」
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小口 多美夫 (ナノ機能予測研究分野 教授)
※第4回(2017年7月取材)、2021年3月定年退職
ナノ(十億分の1)メートルという原子サイズの超ミクロの世界では、物質の性質を決める電子の振る舞いは、量子力学という物理学の基本原理(第一原理)に従っている。だから、この原理に基づいてあらかじめ算出された原子固有のパラメータ(変数)を、物質内の原子の構成によって組み合わせる「第一原理計算」という手法を使えば、物質全体の電子の状態や性質を高精度に弾き出し、理論的に予測することができる。
小口教授らは、こうした理論に基づく研究により、さまざまな物質の内部や表面に現れる物性、機能を予測するとともに、その特徴をとらえて新たな物質を設計する研究を行っている。「理論物理は紙と鉛筆による研究だけでなく、実験グループに有効な分子設計のデザインを提案する立場になりました」と小口教授。国内外の研究者と共同研究を行い、実験で示された新たな現象の詳細な仕組みを読み解き、ナビゲートする役割を担ってきた。
これまでの成果の一つは、次世代の電池として開発研究が進むナトリウム(Na)硫黄(S)二次電池について、研究開発途上の室温で作動する固体型の性能の理論予測に成功したことだ。放電のさいに、正極(Sで構成)に負極のNaイオンが流入して、複数の種類のNaとSの化合物をつくるが、これらの電子構造や安定性を計算し、発生する電圧と容量の特性を初めて明らかにした。
最近では、物質・材料研究機構(NIMS)のプロジェクトリーダーとして、第一原理計算などにより得られたさまざまな元素のデータをもとに、情報統合型研究手法で新材料になり得る物質を効率的に探索する研究にも着手。こうした新分野に挑む小口教授の信条は、「自ら反(かえり)みて縮(なお)くんば、千万人と雖(いえど)も、吾往かん」(孟子の言葉)。スポーツ好きで毎冬、スキー旅行に出かけて体力を維持。一方で山本周五郎などの時代小説に親しむ人情派でもある。
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竹田 精治 (ナノ構造・機能評価研究分野 教授)
※第4回(2017年7月取材)、2019年3月定年退職
電子顕微鏡の技術は進化を遂げ、ナノ(10億分の1)メートルの世界の研究成果を目の当たりにするうえで欠かせない手段になっている。竹田教授は、気体と固体の反応の様子を原子サイズの高い分解能により観察できる「環境制御型透過電子顕微鏡(ETEM)」を顕微鏡メーカーと共同で開発。この強力なツールを利用してナノテクノロジーの新材料開発に貢献してきた。
透過型電子顕微鏡は、試料に電子のビーム(電子線)を照射し、透過した電子線の強弱を解析して透かし絵のように解析する。顕微鏡の内部は超高真空だが、竹田教授らは、コンピュータ制御でナノサイズの試料の周辺だけの範囲で瞬時に気体を流入、排出できる装置を世界で初めて実現した。
そこで得た大きな成果のひとつは、ナノテクの重要な材料である金ナノ粒子を触媒に使うことにより、室温で一酸化炭素(CO)と酸素(O)が結合し二酸化炭素(CO2)を生成できる反応のようすを可視化したこと。この装置で得た画像には、気体の酸素分子(O2)が酸素原子(O)に解離して金ナノ粒子の表面に吸着。別に吸着したCOと界面上で反応し、CO2を生成するようすがとらえられた。
「電顕によって、それまで想像でしかなかったナノの世界の反応の仕組みを確実に検証でき、気づかなかった現象を発見できます。新材料開発の指針を得るうえでも、その価値の重要性がますます認識されていくでしょう」と期待する。
竹田教授は、大学院生時代に研究室で新たに電顕の開発に取り組むことになり、全員で一からすべてを学んで実績を積んだ経験が研究の支えになってきた。だから、所属した学生には「一生懸命、実験で手を動かすとともに、関係するすべての基礎科学の勉強を欠かさない」と指導する。美術、音楽からTVゲームまで多方面に興味を持つが、「西洋の寺院建築は、マクロな外観から細部まで精緻な彫刻が施され、電顕で見るような親しみがあります」
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谷口 正輝 (バイオナノテクノロジー研究分野 教授)
※第4回(2017年7月取材)
正と負の2つの電極のすき間はわずか約1ナノ(10億分の1)メートル。そこを遺伝暗号である核酸塩基を連結したDNAが通過するさいに、その塩基一つ一つを順番にはさんで電導度をチェック。その特性からグアニンなど4種類の塩基のうちどれかを千分の1秒で判定する。たちどころにDNA全体の塩基配列が直接読み取れるのだ。そんな全く新しいタイプの究極のシーケンサー(塩基配列解析装置)の基本原理を谷口教授は世界で初めて実証した。
「他の分子で修飾された塩基やRNAも読めるので、がんマーカーを探し、病気の作用機序を調べることもできます」と谷口教授。個人の体質に合った医薬の投与や迅速なDNA鑑定、ウイルスの超高速検査などを低コストで実現すると期待される。
究極のシークエンサーも実用化に向けてあと一歩。直径1ナノメートルの円柱に相当する長い分子のDNAには、水の分子が数個しか含まれないので、いかにスムーズに流すか、などの課題が克服されつつある。
また、厚みがナノメートルサイズの薄いシリコンに微小な穴を開け、溶液中で細菌やウイルス1個が穴を通過するさいのイオン電流の変化を調べる。そのデータから、病原体の体積、表面構造などを算出し、早期に種類を判定する技術も開発した。
谷口教授は「このような応用の研究から、その基本原理である1分子単位で起きる熱力学などの反応を解析する新たな分野を創出していきたい」と意気込む。
小学生のころから「博士になりたい」と思っていた。京都大学大学院で有機超伝導という量子科学の分野を研究したあと、「結晶ではなく分子1個の反応を見たい」と阪大へ。当時は夢の存在だったナノ電極の加工に挑み、3年間の結果が出ない苦難の実験を続けたあと、成功した。だから、学生には「取りあえず楽しいと思うことに挑戦しなさい」と励ます。
根っからのスポーツマンでもある。小学生のころから、剣道、バスケットボール、ハンドボール、少林寺拳法を続けてきた。いまは、毎朝5キロ、週末に10キロのランニングを欠かさない。「何より気持ちいい。研究との切り替えが新たな発想を生むかもしれません」
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世界のハブめざす産業科学ナノテクノロジーセンター
大阪大学産業科学研究所の産業科学ナノテクノロジーセンターは2002年、全国の大学に先駆けて誕生した。そのころ、本格的なナノテク研究は大学や企業で緒に就いたばかりで、総合的に推進する研究拠点が求められていたためで、3研究部門でスタート。原子や分子を一個ずつ積み上げて材料を創製する「ボトムアップナノテクノロジー」、逆に材料を極限まで削り込んでナノデバイスに仕立てる「トップダウンナノテクノロジー」、そして積極的な「産業応用」の3本柱で臨む研究体制を敷いた。
ナノテクノロジーは、いまでこそエレクトロニクスや新素材、生命科学、環境といった幅広い分野の基礎、応用研究を大きく発展させる基盤の技術になっているが、21世紀に入るまでは、それを実現するための超微細加工の技術などを備えたうえ、関連分野のニーズに対応できる研究施設はほとんどなかった。2000年にクリントン米元大統領が「国家ナノテクノロジー計画(NNI)」を発表するなど、ナノテクノロジーを次世代の研究開発の突破口になる技術として活用する機運が一気に盛り上がってきた、という時代の背景もあった。
同センターが発足したときにポスドク(博士研究員)だった谷口正輝教授(バイオナノテクノロジー研究分野)は「超微細加工の装置は、企業にはありましたが、それも研究の最終段階までカバーできるほど整ったものではなかった」と振り返る。このため、専用のクリーンルームを設計し、電子線を照射してパターンを描く「電子線描画装置」など最先端の装置をそろえて導入する計画を立てるという状況。まさにゼロからの出発だった。
その後、総合研究棟が完成するなど設備が拡充され、学内や学外の産学官のナノテクノロジー研究者らがこぞって利用する共同研究施設としても存在感が高まった。2009年には6研究部門に広げて陣容を整え、次世代を踏まえた学際的な融合領域のナノテクノロジー研究が進んでいる。
新たな原理で機能を発揮する材料の研究を重ねる田中秀和教授(ナノ機能材料デバイス研究分野)は「産研は、北海道大学電子研究所など5大学の附置研究所によるネットワーク型の物質・デバイス領域共同研究の拠点本部を6年間務めた実績もあり、センターが、ナノテク研究のハブの施設になるよう研究活動を続けていきたい」と強調する。
また、ナノテクを理論面から研究する小口多美夫教授(ナノ機能予測研究分野)は「世界のナノテク研究者が集い、その人のつながりが研究を大きく発展させる。そのようなサービス精神に満ちた連携が必要になってくるでしょう」と期待する。
センター長の竹田精治教授(ナノ構造・機能評価研究分野)は「ナノテク研究を学際的な融合を基盤とした科学技術に発展させるとともに、世界とつながる多彩なネットワークを構築して研究拠点をめざしていきたい」と話している。
執筆:坂口 至徳
昭和50年、産経新聞社入社。社会部記者、文化部次長、編集委員兼論説委員、特別記者などを経て客員論説委員。この間、科学記者として医学医療を中心に科学一般を取材。