量子デバイス

吉田 陽一 (ナノ極限ファブリケーション研究分野 教授

 物質の構造変化や化学反応、生体内の情報伝達などさまざまな現象は、原子や分子の超高速の反応によって起こされる。その過程がすべて解明されれば、本質を見極めたうえでの技術革新や医療の発展につながる。しかし、実際には、ピコ(1兆分の1)秒やフェムト(1000兆分の1)秒という時間内の反応が、いくつかの段階を踏んで進むのだから、極限まで細分化して測定するという時間分解能の向上が不可欠だ。

 吉田陽一教授らは、「パルスラジオリシス法(時間分解吸収分光法)」という測定法の研究を重ねている。これは加速器で作られ、高エネルギーを持つ電子ビーム(電子線)を短時間のパルスで物質に照射し、そのエネルギーにより活性化される原子や分子の振る舞いを直接に測定する。電子ビーム照射の時間幅を短縮する「パルス圧縮法」を新たに開発するなどして、世界で初めて、1-10フェムト秒の短い電子ビームを照射し、反応の過程を明らかにすることに成功した。

 この装置により、新たな発見が得られた。放射線により水はイオン化され、飛び出した電子は周囲の水分子が周りに集まって水和電子という安定な状態になるが、そのとば口の段階からの追跡にも世界に先駆け成功した。放射線を扱う原子力発電所や医療の現場では、放射線の影響を知ることが防護対策などにとって重要だ。

  「フェムト秒の1000分の1のアト秒の段階の測定を目指しています。それにより、これまでにないメカニズムにより吸収エネルギーが増大する集団イオン化という現象が測定できそうです。がん治療など幅広い用途が考えられます」と吉田教授は抱負を語る。

 学生時代から「イオン化の反応の最初の段階がわかればすべてがわかるはず」との思いがあり、反応の過程を調べる研究を続けてきた。電子ビームでフェムト秒の測定は不可能という国内外の学者に反発して実現 したのも「壁に突き当たったらとにかく考えてみよう」の一途な精神があったからだ。スキーや音響が趣味でドライブは「ハンドルを握るとどこまでも走っていく」ほどのめり込み、つい探究心が出てしまう。

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真嶋 哲朗 (励起分子化学研究分野 教授

 生体の機能を支える反応や、有用な物質を効率的に生み出す触媒反応は、ピコ(一兆分の1)秒時間領域で起こり、その間に何段階もの反応を経て、さまざまな中間物質に変化しながら進む。真嶋教授らの研究は、その途中の段階を狙ってピンポイントに電子線(電子ビーム)やレーザーを照射し、分子のエネルギーを高めて活発に反応させるなどして、その仕組みを解明したり、新しい反応を開発したり、「ビーム機能化学」という分野を開拓してきた。

 最近の成果の一つは、がん病巣に集まった薬物を光で活性化して活性酸素(一重項酸素)を発生させ、がんを攻撃、退治する光線力学療法(PDT)の際に、一重項酸素の生成を視覚化できる蛍光検出試薬(Si-DMA)の開発に成功したことだ。この試薬は細胞内で一重項酸素のみに反応し、蛍光を発するように分子設計してある。これによりPDTの治療効果を適切に判定できるわけで、海外からの評価も高く、すでに試薬として世界中に販売されている。

 また、次世代のナノ(10億分の1)メートルサイズの電線として「導電性DNAワイヤー」が注目されているが、真嶋教授らは、DNA分子内の電荷の移動について、フェムト(千兆分の1)秒時間分解過渡吸収測定法という実時間測定法を使って研究。「DNA分子を構成する核酸塩基がどのような順番で並んでいるときに高速で電気が流れるか」など重要な仕組みを突き止めた。

 このほか、光触媒、触媒担体、有機太陽電池、リチウムイオン電池など産業応用が期待されている「金属酸化物メソ結晶」という、ナノ結晶が規則正しく集積したマイクロメートル結晶の簡便な合成法の開発に世界で 初めて成功。また、触媒粒子1つ、反応分子1つ毎の光触媒反応を、100ピコ秒、10ナノメートルの精度で時空間分解して観測できる蛍光顕微鏡を実現するなど、幅広いテーマに挑んでいる。

 真嶋教授は「光が織り成す自然の美しさ」を愛でる生活を好み、研究テーマにも反映してきた。米国、ドイツで研究生活を送り、中国、韓国の大学で教鞭をとったグローバルな経歴もあって「世界中の研究者、学生の心を打つような普遍性、創造性、魅力があり、かつ品格のある研究」をめざす。余暇は、歴史散歩、自然観察、山麓歩きなどで過ごし、「家族や友人と一緒にうまい酒と美味しい食事を楽しんでいます」。

 

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古澤 孝弘 (量子ビーム物質科学研究分野 教授

 目まぐるしく進化する半導体の製造技術の中で、IC回路を高密度化したうえで大量に安定した性能で生産することは最重要課題だ。現在は、半導体材料の表面を覆うレジストという保護膜に光を照射し、回路のパターンを転写するリソグラフィという製造手法が主流。古澤教授らは、その手法の次世代型に使う量子ビームとレジスト材料の化学反応の仕組みを研究し、新たな方法の開発を続けてきた。

 古澤教授らが研究する次世代型は、極端紫外光(EUV)という波長13・5ナノ(10億分の1)メートルの超短波長の量子ビームを使い、その波長に近い10ナノメートル以下の幅で、微細な高密度の回路パターンの溝をレジスト上につくることができる。それを抜き型にして下部の半導体基板にプラズマ(放電)エッチングという方法で回路が刻まれる。

 ただ、EUVは電離放射線なので、レジストの分子に対する反応は、これまでの光と違って分子のエネルギーを高める(励起)よりも、イオン化が主になり、エネルギーの吸収効率など変化する。

 こうしたことから、古澤教授らは、電子ビームを使い、EUVによる化学反応の過程を追跡したデータと実際に加工したレジストの操作型電子顕微鏡(SEM)像を調べ、その場で起きる化学反応の詳細をつき止める解 析手法の開発に成功した。これで、EUVのエネルギーを効率よく吸収し化学反応に結びつける分子設計などがしやすくなる。

 「日本の産業競争力を支える半導体製造の分野で電離放射線を使う時代になり、研究成果が活用されることで発展に貢献できれば」と古澤教授。もともと原子力発電などエネルギー利用の研究だったが「産業応用に は役に立つ未開拓のテーマが多い」と量子ビームにシフトした。放射線による遺伝子損傷の初期過程などがん治療に結びつくテーマも手掛ける。一方で、英語上達のために読み始めた原書の海外ミステリーはやみつきになり、野球の名門高校出身なので野球の観戦も欠かさないなど筋道たてて趣味を選び、満喫している。

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量子ビーム科学のさきがけ

 コバルト60によるガンマ線や、加速器による電子線といった量子ビームを使う科学研究は大阪大学産業科学研究所がさきがけを務めてきた。

 昭和32年(1957年)に、堺地区(当時)の敷地内に全国初のコバルト60を線源にしたガンマ線照射による研究を開始し、放射線研究所として4研究室を設けた。その後、産研が吹田地区に統合移転し、昭和53年(1978年)には、日本で初めてピコ(1兆分の1)秒単位のパルス(脈波)で電子線を照射できる加速器「強力極超短時間パルス放射線発生装置」を設置した。こうした設備の充実や研究の進展をきっかけに、全国の量子ビーム科学の研究拠点となり、大学などとの共同研究が盛んになった。

 さらに、平成21年(2009年)には、「量子ビーム科学研究施設」を設立して関連設備を一手に管理し、ネットワーク型「物質・デバイス」共同研究拠点の制度により、全国の大学や研究機関などの利用も受け入れている。

 量子ビーム科学の研究テーマは、基礎科学、材料科学、環境科学や、新エネルギー、先進医療と、さまざまな先端科学技術分野で重要視されている課題が多い。ただ、専門の研究施設は、国内では量子科学技術研究開発機構の高崎量子応用研究所(群馬県高崎市)、海外では米国のブルックヘブン国立研究所など数少なく、阪大産研のウエイトがますます高まっている。

執筆:坂口 至徳

昭和50年、産経新聞社入社。社会部記者、文化部次長、編集委員兼論説委員、特別記者などを経て客員論説委員。この間、科学記者として医学医療を中心に科学一般を取材。