ナノテクノロジー

田中 秀和 (ナノ機能材料デバイス研究分野 教授

 物質を構成する原子や分子を自在に積み上げて組み合わせ、磁性体(磁石)や高温超電導体の材料をナノ(10億分の1)メートルという極小単位のサイズで創りだし、これまでの常識の限界を越える優れた機能を持たせる。このようなエレクトロニクス分野の究極の材料創成に田中研究室は挑んでいる。

 田中教授らの研究材料は、鉄(Fe)やバナジウム(V)、酸素(O)などを含む機能性酸化物と総称される物質。半導体材料のケイ素(Si)にはない多彩な特性を持つ。

 物質の性質は、原子、分子の組み合わせと、付随する電子のスピン(動く方向)によって決まる。機能性酸化物の場合、電子スピンが結晶のように規則正しく並んだ電子固体(固相)であれば絶縁体になり、それが電子液体に相転移すれば強磁性体や超伝導体の性質が現れる。さらに、物質中の電子同士が反発し合い磁性を生む「強相関電子系」の特性があり、磁場、温度、光などのわずかな刺激により、電気抵抗にして10倍-1千万倍の巨大な物性の変化が起きる。だから、シリコン半導体の超集積回路の微細化の限界が指摘される中で、異なる動作原理による省エネで高速、大容量の次世代スイッチング・メモリの材料として期待されている。

 田中教授らは、真空下で蒸着して原子や分子を積み上げ、自在に立体的な形を設計できる方法を開発し、世界で初めて、不可能と言われた10ナノメートル以下のサイズのデバイスづくりに成功した。「このサイズでも1万個以上の電子を含むため、巨大な相転移動作が室温で安定的に行えることが実証できました。さらに、限界まで縮小し、特別仕立てのナノ構造による究極の磁性体で新たな科学の分野を拓いていきたい」と語る。

 高校生のころ、高温超電導体発見のニュースに衝撃を受け、科学の本を読んで「原子で結晶の人工格子をつくると新しい物質ができるなんて神様のようだ」と進路を決めた。「直観やひらめきを信じてやってみる」が信条。自宅ではメロンやブドウを栽培するが「肥料の濃度を変えて収穫時に比べ、いつの間にか実験しています」

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小口 多美夫 (ナノ機能予測研究分野 教授

 ナノ(十億分の1)メートルという原子サイズの超ミクロの世界では、物質の性質を決める電子の振る舞いは、量子力学という物理学の基本原理(第一原理)に従っている。だから、この原理に基づいてあらかじめ算出された原子固有のパラメータ(変数)を、物質内の原子の構成によって組み合わせる「第一原理計算」という手法を使えば、物質全体の電子の状態や性質を高精度に弾き出し、理論的に予測することができる。

 小口教授らは、こうした理論に基づく研究により、さまざまな物質の内部や表面に現れる物性、機能を予測するとともに、その特徴をとらえて新たな物質を設計する研究を行っている。「理論物理は紙と鉛筆による研究だけでなく、実験グループに有効な分子設計のデザインを提案する立場になりました」と小口教授。国内外の研究者と共同研究を行い、実験で示された新たな現象の詳細な仕組みを読み解き、ナビゲートする役割を担ってきた。

 これまでの成果の一つは、次世代の電池として開発研究が進むナトリウム(Na)硫黄(S)二次電池について、研究開発途上の室温で作動する固体型の性能の理論予測に成功したことだ。放電のさいに、正極(Sで構成)に負極のNaイオンが流入して、複数の種類のNaとSの化合物をつくるが、これらの電子構造や安定性を計算し、発生する電圧と容量の特性を初めて明らかにした。

 最近では、物質・材料研究機構(NIMS)のプロジェクトリーダーとして、第一原理計算などにより得られたさまざまな元素のデータをもとに、情報統合型研究手法で新材料になり得る物質を効率的に探索する研究にも着手。こうした新分野に挑む小口教授の信条は、「自ら反(かえり)みて縮(なお)くんば、千万人と雖(いえど)も、吾往かん」(孟子の言葉)。スポーツ好きで毎冬、スキー旅行に出かけて体力を維持。一方で山本周五郎などの時代小説に親しむ人情派でもある。

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竹田 精治 (ナノ構造・機能評価研究分野 教授

 電子顕微鏡の技術は進化を遂げ、ナノ(10億分の1)メートルの世界の研究成果を目の当たりにするうえで欠かせない手段になっている。竹田教授は、気体と固体の反応の様子を原子サイズの高い分解能により観察できる「環境制御型透過電子顕微鏡(ETEM)」を顕微鏡メーカーと共同で開発。この強力なツールを利用してナノテクノロジーの新材料開発に貢献してきた。

 透過型電子顕微鏡は、試料に電子のビーム(電子線)を照射し、透過した電子線の強弱を解析して透かし絵のように解析する。顕微鏡の内部は超高真空だが、竹田教授らは、コンピュータ制御でナノサイズの試料の周辺だけの範囲で瞬時に気体を流入、排出できる装置を世界で初めて実現した。

 そこで得た大きな成果のひとつは、ナノテクの重要な材料である金ナノ粒子を触媒に使うことにより、室温で一酸化炭素(CO)と酸素(O)が結合し二酸化炭素(CO2)を生成できる反応のようすを可視化したこと。この装置で得た画像には、気体の酸素分子(O2)が酸素原子(O)に解離して金ナノ粒子の表面に吸着。別に吸着したCOと界面上で反応し、CO2を生成するようすがとらえられた。

 「電顕によって、それまで想像でしかなかったナノの世界の反応の仕組みを確実に検証でき、気づかなかった現象を発見できます。新材料開発の指針を得るうえでも、その価値の重要性がますます認識されていくでしょう」と期待する。

竹田教授は、大学院生時代に研究室で新たに電顕の開発に取り組むことになり、全員で一からすべてを学んで実績を積んだ経験が研究の支えになってきた。だから、所属した学生には「一生懸命、実験で手を動かすとともに、関係するすべての基礎科学の勉強を欠かさない」と指導する。美術、音楽からTVゲームまで多方面に興味を持つが、「西洋の寺院建築は、マクロな外観から細部まで精緻な彫刻が施され、電顕で見るような親しみがあります」

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谷口 正輝 (バイオナノテクノロジー研究分野 教授

 正と負の2つの電極のすき間はわずか約1ナノ(10億分の1)メートル。そこを遺伝暗号である核酸塩基を連結したDNAが通過するさいに、その塩基一つ一つを順番にはさんで電導度をチェック。その特性からグアニンなど4種類の塩基のうちどれかを千分の1秒で判定する。たちどころにDNA全体の塩基配列が直接読み取れるのだ。そんな全く新しいタイプの究極のシーケンサー(塩基配列解析装置)の基本原理を谷口教授は世界で初めて実証した。

 「他の分子で修飾された塩基やRNAも読めるので、がんマーカーを探し、病気の作用機序を調べることもできます」と谷口教授。個人の体質に合った医薬の投与や迅速なDNA鑑定、ウイルスの超高速検査などを低コストで実現すると期待される。

 究極のシークエンサーも実用化に向けてあと一歩。直径1ナノメートルの円柱に相当する長い分子のDNAには、水の分子が数個しか含まれないので、いかにスムーズに流すか、などの課題が克服されつつある。

 また、厚みがナノメートルサイズの薄いシリコンに微小な穴を開け、溶液中で細菌やウイルス1個が穴を通過するさいのイオン電流の変化を調べる。そのデータから、病原体の体積、表面構造などを算出し、早期に種類を判定する技術も開発した。

 谷口教授は「このような応用の研究から、その基本原理である1分子単位で起きる熱力学などの反応を解析する新たな分野を創出していきたい」と意気込む。

 小学生のころから「博士になりたい」と思っていた。京都大学大学院で有機超伝導という量子科学の分野を研究したあと、「結晶ではなく分子1個の反応を見たい」と阪大へ。当時は夢の存在だったナノ電極の加工に挑み、3年間の結果が出ない苦難の実験を続けたあと、成功した。だから、学生には「取りあえず楽しいと思うことに挑戦しなさい」と励ます。

 根っからのスポーツマンでもある。小学生のころから、剣道、バスケットボール、ハンドボール、少林寺拳法を続けてきた。いまは、毎朝5キロ、週末に10キロのランニングを欠かさない。「何より気持ちいい。研究との切り替えが新たな発想を生むかもしれません」

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世界のハブめざす産業科学ナノテクノロジーセンター

 大阪大学産業科学研究所の産業科学ナノテクノロジーセンターは2002年、全国の大学に先駆けて誕生した。そのころ、本格的なナノテク研究は大学や企業で緒に就いたばかりで、総合的に推進する研究拠点が求められていたためで、3研究部門でスタート。原子や分子を一個ずつ積み上げて材料を創製する「ボトムアップナノテクノロジー」、逆に材料を極限まで削り込んでナノデバイスに仕立てる「トップダウンナノテクノロジー」、そして積極的な「産業応用」の3本柱で臨む研究体制を敷いた。

 ナノテクノロジーは、いまでこそエレクトロニクスや新素材、生命科学、環境といった幅広い分野の基礎、応用研究を大きく発展させる基盤の技術になっているが、21世紀に入るまでは、それを実現するための超微細加工の技術などを備えたうえ、関連分野のニーズに対応できる研究施設はほとんどなかった。2000年にクリントン米元大統領が「国家ナノテクノロジー計画(NNI)」を発表するなど、ナノテクノロジーを次世代の研究開発の突破口になる技術として活用する機運が一気に盛り上がってきた、という時代の背景もあった。

 同センターが発足したときにポスドク(博士研究員)だった谷口正輝教授(バイオナノテクノロジー研究分野)は「超微細加工の装置は、企業にはありましたが、それも研究の最終段階までカバーできるほど整ったものではなかった」と振り返る。このため、専用のクリーンルームを設計し、電子線を照射してパターンを描く「電子線描画装置」など最先端の装置をそろえて導入する計画を立てるという状況。まさにゼロからの出発だった。

 その後、総合研究棟が完成するなど設備が拡充され、学内や学外の産学官のナノテクノロジー研究者らがこぞって利用する共同研究施設としても存在感が高まった。2009年には6研究部門に広げて陣容を整え、次世代を踏まえた学際的な融合領域のナノテクノロジー研究が進んでいる。

 新たな原理で機能を発揮する材料の研究を重ねる田中秀和教授(ナノ機能材料デバイス研究分野)は「産研は、北海道大学電子研究所など5大学の附置研究所によるネットワーク型の物質・デバイス領域共同研究の拠点本部を6年間務めた実績もあり、センターが、ナノテク研究のハブの施設になるよう研究活動を続けていきたい」と強調する。

 また、ナノテクを理論面から研究する小口多美夫教授(ナノ機能予測研究分野)は「世界のナノテク研究者が集い、その人のつながりが研究を大きく発展させる。そのようなサービス精神に満ちた連携が必要になってくるでしょう」と期待する。

 センター長の竹田精治教授(ナノ構造・機能評価研究分野)は「ナノテク研究を学際的な融合を基盤とした科学技術に発展させるとともに、世界とつながる多彩なネットワークを構築して研究拠点をめざしていきたい」と話している。

執筆:坂口 至徳

昭和50年、産経新聞社入社。社会部記者、文化部次長、編集委員兼論説委員、特別記者などを経て客員論説委員。この間、科学記者として医学医療を中心に科学一般を取材。