材料

古賀 大尚 (自然材料機能化研究分野 准教授

※第9回(2019年5月取材)

紙を環境浄化や電子媒体の新機能材料に仕立てる

 植物の繊維をバラバラにほぐして漉(す)き、シート状に絡み合わせてつくる紙は、あまりにも身近な環境に優しい材料だ。これまで印刷媒体や衛生用品など定番の用途ができあがっているが、ナノテクノロジー(超微細工学)の発達とともに新たな機能材料としての特性を発揮する可能性が出てきた。古賀准教授は、「紙の素晴らしさ、すごさを引き出したい」との思いを抱き、工場排水から高効率に有用物質を得る「ペーパーリアクター(触媒反応器)」や、絶縁体の紙に半導体または導体的な特性を持たせて折りたためる薄い電子デバイスに仕立てるなど次世代の紙の開発に相次いで成功している。

繊維の構造に開発の糸口

 古賀准教授の研究は、紙を形作るセルロースという水に溶けない炭水化物の繊維(パルプ)の微細な構造などを新たな視点で見直したことに始まる。パルプは数10マイクロメートル幅の筒状で、その中空の壁は軽くて丈夫な幅約3ナノ(ナノは10億分の1)メートルのセルロースナノファイバーが束になって集合している。だから、紙の内部はさまざまな微小なサイズの空間(孔)が共存してつながった超高次構造(共連続多孔体)といえ、微小な場に原料を流して素早く反応させるナノ/マイクロ流体デバイスなど最先端の技術に応用できる。

 そこで誕生したのが「触媒反応器」。紙漉きの手法にナノテクを加えて、様々な化学反応を促進する金ナノ粒子触媒をセルロースナノファイバーの表面に固定することに成功。そこに水質汚染物質を流したところ、高効率で解熱鎮痛剤の中間体(4アミノフェノール)を得ることができた。

 古賀准教授によると、比表面積が高く鋼鉄の5倍の強度があるナノファイバーが小さな金属ナノ粒子触媒を表面に露出・分 散させながらし っ か り と 固 定 し 、反応物質との効率的な接触を実現したためで、他の合成高分子の担体と同条件で比べた実験では、効率が最高840倍にもなった。また、紙特有の共連続ナノ/マイクロ細孔の構造も反応物質の拡散を促進したとみられ、他の物質の合成反応も高効率化した。「繰り返し使用でき、終了後は金属触媒を回収してリサイクル・再生できるので、資源の節約や環境保護にも役立ちます」と強調する。

電子画像を表示できた

 一方、紙の電子デバイスは、セルロースナノファイバーだけを集積した透明の紙「ナノペーパー」を使う。紙漉きの技術を応用して製造する際に、例えば、導電性が高い銀ナノワイヤという金属の細長い塊を加えた場合、それが均質に散らばり、ネットワークを組んで埋め込まれるので、電気を流す紙ができる。電流の方向により絶縁体に戻る半導体の性質も出せ、デジタル情報を記録する紙のメモリーなど様々な電子デバイスの開発に成功した。古賀准教授は「今後は、紙に電子材料を混ぜるのではなく、紙自体を電子材料化することにも挑戦していきたい」と意気込む。

 電子ペーパーの研究では、導電性高分子を加えた透明な紙を電極として2枚つくり、イオン液体という電解質を結合した白い紙を挟んだ。両極の間に電気を流すと白い紙を背景に青色に変化した画像が浮かび、まさに紙が印刷媒体から電子媒体に向かう道が拓かれた。

実験しながら考える

 九州大学で木材の繊維の研究をはじめ、東京大学で、当時、注目されだしたセルロースナノファイバーに取り組んだ。阪大産研には、透明な紙の発明で知られる能木雅也教授により招へいされたが、「日常はラフなスタイルの能木先生がスーツにネクタイ姿で来られました。精一杯頑張らねばと身の引き締まる気持ちになったことを今でも覚えています」と振り返る。その思いが花開く環境も産研にはあった。大学をまたいで幅広い分野の若手研究者が共同研究に取り組む「アライアンス・COREラボ」の制度で、岡山大学など4大学と紙の機能開拓研究を進めている。

古賀准教授の信条は「あれこれ悩む前に、まずやってみよう」。研究中ひたすら実験台に張り付き、わくわくしながらビーカー内を観察して変化に気づくと周囲に相談する。「恩師に『いいじゃない』と言われて正のスパイラルになったり、みんなと話しているうちに新しいアイデアが生まれたりした成功体験があります」。家庭ではもっぱら生後8か月の男児の世話に集中し「研究生活にメリハリがつきます」。福岡県出身だけに熱心なソフトバンクホークスのファンでもある。

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小林 光 (半導体材料・プロセス研究分野 教授

※第5回(2017年12月取材)

 自然エネルギー利用の主流であるシリコン(ケイ素、Si)太陽電池は、光電変換効率の向上や製造コストの削減など高性能化の技術の開発が絶えず求められる。シリコン半導体の表面の物性を研究する小林教授は、短時間の処理で、受光のロスをほとんどなくせる太陽電池材料製造法の開発に成功した。

 通常の太陽電池の表面は、光が反射して失われないように、溶液で表面を溶かし、ピラミッドのような三角形が並んだ構造にして乱反射させている。それでも、反射率は10%以上にもなる。

 そこで小林教授は、表面層をシリコンのナノサイズの結晶粒子が詰まった形にすれば光がどの方向から来ても層内部に入り込み反射しないと考えた。シリコンを過酸化水素水(H2O2)とフッ化水素酸水溶液(HF)の混合溶液に浸し、ローラーにつけた白金触媒体に10~30秒接触させたところ、瞬時に表面にシリコンナノクリスタル層が形成され、3%以下の極低反射率を達成できた。さらに、リン・ケイ酸ガラス法(PSG法)という独自の方法を使い、変換効率を20%まで高めることに成功した。「この簡便な技術を使うとセル製造コストが約2割削減できるでしょう」と強調する。

 また、小林教授は、太陽電池の製造過程で材料のシリコンインゴットを薄く切断するさいに、約50%が切りくずとなり捨てられることに着目。ミクロン(1000分の1ミリ)サイズの切りくずを粉砕するなどして直径20ナノ(ナノは10億分の1)メートル以下の粒子にすると、水から水素を発生する反応が増大。1グラムあたり1.6リットルの水素が、高速度で発生することを発見した。速度は光触媒反応の1万倍以上に相当し、非常用の電源やリチウムイオン電池の性能向上に使う研究が行われている。

 コンピューターに組み込む半導体を研究していたが、「社会を直接に良くするモノを作りたいので、テーマをエネルギー、環境、医療にシフトしました」と意気盛ん。それだけに、40歳代から、1回1時間2.5キロの水泳に励み、真冬でもシャツ姿で1時間走って体を鍛える。演奏家だった父親の影響で音楽好きでもあり、太平洋戦争前後に活躍したペリー・コモらの「グルーミー」な歌声の熱心なファンだ。

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菅沼 克昭 (先端実装材料研究分野 教授

※第5回(2017年12月取材)

 半導体技術が日々進化する中で、自動車産業などで大きな期待がかかるのが、電源の制御や供給を行うパワー半導体の次世代型だ。従来のシリコン(Si)の半導体の限界を超えるため、シリコンカーバイド(SiC)や窒化ガリウム(GaN)という高熱、高電圧でも高効率で働く材料を使うが、その際、実用化の大きな課題は半導体チップと回路基板などとの接続(接合)の信頼性を高めることだった。

 そこで、菅沼教授は、銀(Ag)の粉末を焼き固めたときの反応を利用し、接続層として使う「銀粒子焼結接合」という手法を世界で初めて開発した。低温、低圧、大気中という低コストの条件で接合が可能なうえ、製品は250度以上の高温でも耐熱性、高信頼性を発揮するとあって、この方法は世界中で採用つつある。さらに、銅(Cu)などの電極との接合を可能にし、シート状の銀を使用して製造しやすくするといった改善を重ねている。

 「異種材料同士の接合が、複合材料開発のカギになると思い、研究を続けてきました」と菅沼教授。実は、銀粒子焼結接合の大本になる技術は、大阪大産研助手時代の1983年に成功したセラミックと金属の焼結接合だ。この成果は、学術分野で今でも続く傾斜組成制御の原型に結びついている。

 一方、人体に有害とされる鉛を使わない「鉛フリーはんだ」の開発についても、欧州連合(EU)が2006年に電化製品などの鉛規制を開始する遙か前の1992年前後から関わってきた。スズ(Sn)をはじめ、銅、銀などを含む鉛フリーはんだ付けで、材料科学の基礎分野を切り開き、材料開発や使用上の問題点を調べた。「今後は、最後に残された高温はんだを安価な銅粒子焼結技術などで、究極の鉛フリー化を実現したい」と意欲を見せる。

 小さいころから「夢のエネルギー」を作りたかった。しかし、阪大に赴任してナノテクノロジーに目覚め、ナノ材料の合成法などの研究に。鉛フリーや焼結結合のほか、ナノインクを開発し、インクジェットプリンターで印刷して半導体回路のナノ配線をつくるなどユニークな研究も手掛けた。「常に疑問を持ち、工夫して完成するまで諦めない」が信条。大学院時代から硬式テニスを続けるが、近頃は時間が無く寂しい。研究の疲れをいやすのは音楽で、「演歌とアニメソング以外は何でも聴きます」とのこと。

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関野 徹 (先端ハード材料研究分野 教授

※第5回(2017年12月取材)

 セラミックスや金属といった材料について、その立体構造をナノレベルの最小単位で設計し、強度など力学的な性質を高めるだけでなく、他の物質と組み合わせて電気的性質などさまざな機能を併せ持つ先端的な複合材料を開発してきた。

 例えば、歯の摩耗を防ぐために歯科で使われるジルコニア(ZrO2)というセラミックスに、導電性があるカーボンナノチューブ(CNT)を配し、両者の優れた特性が共存する材料を作製した。また、同じ化合物は秩序だって集合するという自己組織化の原理を使って、2種の化合物からなるセラミックスの中に、異なる性質の半導体をつくり出した。

 「絶縁体のため、用途が構造体に限られていたセラミックスが光電変換やセンサーの機能など電子機器のデバイスとしても使えるようになりました」と関野教授は説明する。

 最近、注目されているのが、水や有機物を分解する光触媒として知られる酸化チタン(TiO2)のナノチューブ。研究室で酸化チタンの粉末を溶液に浸して処理していて、たまたま常識を越える高濃度のアルカリ性溶液を使ってしまったところ、線維状になった。「予想外の実験結果を見逃さないセレンディピティの成果です」

 なにしろ、直径約10ナノメートルの極細のストロー状なので表面構造が変化していて、紫外線だけの反応だった光触媒の機能が可視光にまで拡大。加えて、分子を吸着する能力などこれまでの材料にない多機能性を発揮する。「機能を高めて、可視光に反応する光触媒や太陽電池の電極のほか、環境浄化や生体材料などに使いたい」と意欲を見せる。

 複合材料には高校生のときから興味があった。弓道部に所属し、和弓が様々な性質の竹を組み合わせて強い力を出していることを知った。そこで「材料の特性をフルに生かせる研究をしたい」との思いが募り、その後も一貫して「縁の下の力持ち」である材料研究に挑んでいる。「研究は対象を愛し抜くことが、発見に結びつく」という情熱家。余暇はノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロらの小説を読みふけっている。

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能木 雅也 (自然材料機能化研究分野 教授

※第5回(2017年12月取材)

 「透明な紙」の発明で知られる。古来、文字を記し、膨大な知識の記録や伝達に貢献してきた世界三大発明のひとつ「白い紙」をはるかにしのぎ、プラスチック、ガラスの透明材料にはない優れた特性がある。現段階では電子機器などエレクトロ二クス分野の材料の研究開発が行われているが、能木教授は「前例がない素材なので、さらに優れた物性を明らかにし、応用分野を広げていきたい」と意欲をみせる。

 透明な紙の材料はナノセルロース(セルロースナノファイバー)という幅4~15ナノメートルの極細の繊維で、すべての植物が持っているから資源は限りなくある。この繊維の鉄並みの強さなど驚異の機能の発見は、日本発の成果で世界をリードしている。

 能木教授は、「紙が白いのは、太い繊維同士のすき間で光が反射するからで、それを無くせばいい」と発想。木材からナノセルロースを抽出し、びっしり並べて乾かす方法でつくり上げた。この紙は、全光線透過率が約90%。透明なガラスに匹敵するほど曇りがなく、折りたたみが可能、高耐熱性で、熱膨張率は低く石英ガラス並み。

 それだけではない。この紙に銀を吹きつけ、極細の銀ナノワイヤをつくると電気が流れるので折りたたんだり、はさみで切ったりできる透明電極や、デバイスの小型化、薄膜化が可能。すでにペーパー太陽電池、ペーパーメモリー(記憶装置)などを開発している。

 「他人がする研究テーマと同じことは絶対にしない」と常識にとらわれず独自の道を切り拓いてきた。大阪大産研に赴任し、菅沼研究室で電子デバイスの研究に触れると、すぐさま、透明の紙と結びつける柔軟性もある。

 生来の子供好き。透明の紙も、子供を寝かしつけたあと、自宅で時間を取り戻そうと紙やすりで磨いていて初めて成功した。夏休みシーズンには、小中学生から「作り方を教えてほしい」とメールが来るが、それにも答え、ホームページに掲載している。「小学生から宿題のコンクールで銀賞をとったとの報告には感動しました」

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 材料分野の研究は日本の強みで、これまでノーベル賞級の新材料を相次いで発見し、その優れた特性は、エレクトロニクスやエネルギーをはじめ、環境保全、医療など幅広い分野で活用されている。科学分野の融合が進み、思いがけない分野の有用な物質に発展することがあり、新しい産業を起こすシーズにもなる。

 大阪大学産業科学研究所は、現在の材料研究に不可欠なナノテクノロジーの草分けだ。研究体制でも、東北大学多元物質研究所など全国5大学の附置研究所のネットワークである「物質・デバイス領域共同研究拠点」の拠点本部を発足当初の平成22年から5年間に渡り設置。各テーマに全国の大学を縦断して参加するという、それまでになく大がかりな体制を進めてきた。

 先端ハード材料分野の関野徹教授は、この共同研究拠点事業に関連して、若い研究者をリーダーに育てる「ダイナミック・アライアンス」事業の運営委員長を務める。「産研は材料以外の領域の研究室との壁がなく、全く異なる視点の考え方に刺激されて斬新なアイデアが出やすい。外部の大学との密な交流で、そのメリットは広がるでしょう」と期待する。

 産研での材料研究は、シリコン半導体、セラミックス、セルロースナノファイバーなど研究室独自の領域をカバーしている。先端実装材料分野の菅沼克昭教授は「研究所全体が学際領域といえ、それぞれの分野が最高の成果を出しています。金属、セラミックスなどを結合する研究からはじめて、半導体デバイスをつくる実装の研究をしていますが、ここに居たからこそ、情報の分野に踏み込めたといえます。ここでは世界の3歩先の研究ができます」と評価する。

 こうした研究の自由度を実感しているのが、セルロースナノファイバー材料分野の能木雅也教授。優れた性質がある木質材料(セルロースナノファイバー)の研究をしていたが、菅沼研究室の助教として赴任し、電子デバイスを学んだことが、紙のコンピュータの発想につながった。当時、産研には第2プロジェクトという若手が独立研究室を主宰し、独自のテーマで研究できる制度があり、能木教授は准教授として採用された。

 半導体・プロセス分野の小林光教授は「テーマが研究室の過去の過去の実績にとらわれることなく、研究テーマを設定できることが別の新たな発展に結びつきます。解析センターなど設備が整い、伝統的に企業と結びつきやすいところが成果を高めているのでしょう」と分析している。

執筆:坂口 至徳

昭和50年、産経新聞社入社。社会部記者、文化部次長、編集委員兼論説委員、特別記者などを経て客員論説委員。この間、科学記者として医学医療を中心に科学一般を取材。