■光を当てると活性酸素を出す光増感蛍光タンパク質の高機能化に成功
■37℃で成熟化の効率が低い従来の弱点を克服したHyperNovaを開発
■HyperNovaによりこれまで困難であった分子の酸化・不活性化が可能に
■病気を引き起こす分子や細胞を光でピンポイントに不活化するような応用に期待
概要
我々のからだにはおおよそ20000種類のタンパク質が発現・機能し、我々の日々の活動を支えています。一方で、これらタンパク質の機能はまだまだ未解明なものが多く、研究者は日々その解明を目指し研究に取り組んでいます。タンパク質機能の解明には、タンパク質を不活性化したのちに細胞やからだはどう変化するか?を調べる「操作実験」により、因果関係を解明することが重要です。そうした操作的手法のなかでも、CALI法は光で狙った分子を不活性化する重要な技術として知られています。
CALI法とは光で活性酸素を産生する「光増感分子」を用いて、特定の分子を酸化・不活性化する手法です(図A)。光増感分子の中でも、我々が以前報告した光増感蛍光タンパク質SuperNovaは世界中で利用されてきました(Goto A et al. Science2021, Gabriela TT et al. Sci. Adv. 2020等)。しかしSuperNovaは37℃での成熟化効率が低いため、特に哺乳類細胞中での分子の酸化・不活性化効率が低い問題がありました。本研究では遺伝子変異スクリーニングによりSuperNovaを改良し、37℃での成熟化効率が顕著に高い新規変異体HyperNovaの開発に成功しました(図B)。HyperNovaを用いることで、従来のSuperNovaでは操作が困難であった様々な分子の不活性化が可能になりました(図C, D)。
なお本成果は、三重大学医学系研究科 竹本研教授、設樂久志助教、大阪大学産業科学研究所 永井健治教授らの共同研究によるものです。
背景
光増感蛍光タンパク質は、光を当てると蛍光を発するだけでなく、活性酸素を産生する特殊なタンパク質です。この性質は、CALI法という光で特定の分子を酸化・不活性化する操作実験に用いられています(図A)。我々のグループでは以前SuperNovaという単量体の光増感蛍光タンパク質を開発しました。それ以前の光増感蛍光タンパク質は互いに二量体を形成し、標的分子の性質も変えてしまう問題を抱えていました。SuperNovaの登場によりその点が解決され、CALI法は多くの研究者にとってより簡便に利用できる身近な技術になりました。その結果、哺乳類での脳機能の研究からショウジョウバエの発生学まで、SuperNovaは広く医学生物学全般において多くのユーザーを獲得しています(Goto A et al. Science 2021, Gabriela TT et al. Sci. Adv. 2020等)。しかし、SuperNovaは哺乳類細胞の生育温度である37℃での成熟化効率が低く、特に哺乳類において様々な分子へCALI法を適用するには大きな課題がありました。
研究内容
本研究はこの課題を解決するために、SuperNovaの改良を目指しました。我々はまず、SuperNova遺伝子へランダムに変異を導入し、37℃での成熟化効率が高い変異体のスクリーニングを実施しました。その結果、SuperNova遺伝子に13個のアミノ酸置換変異が入った新規変異体HyperNovaを取得しました(図B)。次に、試験管内や生きた哺乳類細胞内でHyperNovaの性質を調べると、37℃での成熟化効率が向上することで、哺乳類細胞における活性酸素の産生効率や分子不活性化効率が顕著に改善したことがわかりました。HyperNovaを利用することで、c-junやp53といった転写因子、さらにERK2やJNK1といったリン酸化酵素など、我々のからだに重要な分子を光で不活性化する、新しいCALI法の開発に成功しています(図C, D)。従来SuperNovaでは、これらの分子は全く不活性化できないか、著しく低効率でした。HyperNovaの登場により、今後はこれまで操作できなかった数多くの分子が光で操作できると期待されます。
本研究は、JSPS科研費JP21H00423,JP21K19311,JP22H02719,JP23K17408,JP18H03987,JP18H05410、キヤノン財団、中谷医工計測振興財団、三菱財団、武田科学振興財団、内藤記念科学振興財団、上原財団の支援を受けて行われました。
今後の展望
現在の医学生物学においても、我々が日々新しいことを記憶するメカニズムなど、からだが機能するメカニズムには沢山の謎が残されています。今回開発したHyperNovaは、記憶に機能すると予想される脳内分子の詳細な機能解明といった基礎研究に役立つと期待されます。さらに基礎研究に加えて、病気を引き起こす異常な分子を不活化・除去するような新しい医療技術の実現にも応用できると期待されます。
用語解説
CALI法・・・光を照射すると、一重項酸素やスーパーオキサイドといった短寿命活性酸素を産生する「光増感分子」を用いて、特定の分子を光で酸化・不活性化する手法。これらの活性酸素の拡散はおおよそ4nm以下と非常に短いため、目的の分子を高い特異性で酸化・不活性化することができます。我々のグループではこれまでに、SuperNovaの開発(Takemoto K et al. Sci. Rep. 2013)やエオシン色素による高効率CALI法(Takemoto K et al. ACS.Chem. Biol. 2011)、さらには記憶分子の機能解明(Takemoto K et al. Nat. Biotechnol. 2017, Trusel M et al. Neuron 2019)など、CALI法に関する技術開発で世界をリードする業績を挙げてきました。
論文情報
掲載誌: Communications Biology
掲載日: 8月6日18時(日本時間)
論文タイトル: Optical inactivation of intracellular molecules by fast-maturating photosensitizing fluorescence protein, HyperNova.
著者: Hisashi Shidara, Taku Shirai, Ryohei Ozaki-Noma, Susumu Jitsuki, Takeharu Nagai and Kiwamu Takemoto