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トポロジカル絶縁体による4π周期の超伝導状態を世界で初めて観測 ~環境雑音に強い量子コンピューターへの期待膨らむ~

科学技術振興機構(JST)
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東京大学
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理化学研究所
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大阪大学
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JST国際科学技術共同研究推進事業(戦略的国際共同研究プログラム)の一環として、東京大学 大学院工学系研究科の樽茶 清悟 教授、理化学研究所(理研)創発物性科学研究センターのラッセル・スチュワート・ディーコン 研究員、大阪大学 産業科学研究所の大岩 顕 教授、ドイツのビュルツブルグ大学のローレンス・モーレンカンプ 教授らのグループは、トポロジカル絶縁体注1)と超伝導体の接合において、エネルギーがゼロとなる状態を持つアンドレーフ束縛状態注2)を観測することに世界で初めて成功しました。この結果は、同接合が理論的に予測されている「保護された超伝導状態」注3)の生成に有望であることを示すもので、これにより通常の基本粒子とは異なる粒子「マヨラナ粒子注4)」の検証実験が大きく進むことが期待されます。

マヨラナ粒子を用いるとエラーの影響を受けにくい量子コンピューティングの開発が可能になることから、マヨラナ粒子の検証に向けて、世界的に集中的な研究が行われています。トポロジカル絶縁体と超伝導体の接合はその検証実験ための有力な試料構造とされていますが、ほとんど研究が進んでいません。本成果は、電気的性質に優れたトポロジカル絶縁体であるテルル化水銀(HgTe)を用いてジョセフソン接合注5)を作り、マイクロ波を照射したときに発現する超伝導特性の量子化値注6)が通常の倍になることを観測することによって同接合がマヨラナ粒子の生成に有用な試料構造であることを示しました。

近年、周囲の環境変化によって発生するエラーの影響を受けにくい量子コンピューティングが着目されていますが、今後、マヨラナ粒子の検証実験やその制御法の開発を行うことで、環境変化に対して極めて安定なトポロジカル量子コンピューター注7)の開発への応用が期待できます。本研究成果は、2016年1月21日(日本時間)に英国のオンライン科学誌「Nature Communications」に公開されました。

注1)トポロジカル絶縁体
物質の内部は絶縁体であるが、表面は電気を通すような物質。

注2)アンドレーフ束縛状態
ジョセフソン接合注5)では、通常、クーパ対注13)のアンドレーフ反射注14)を介して超伝導電流が流れる(アンドレーフ反射は超伝導体と常伝導体の接合界面における電子と正孔の交換によって生じる)。このとき、2つの接合界面は共振器の役割を果たすため、その間の常伝導体には離散的なエネルギーを持つ共鳴状態(アンドレーフ束縛状態)が作られる。

注3)保護された超伝導状態
位相幾何学的な特殊性を持つために他の状態と差別化されている(今の場合は、環境の影響を受け難くなっている)超伝導状態。分かりやすい例としては、取手の付いたコップとドーナツは両方とも穴が開いているので連続的に変化するが、そうでないもの(例えばボール)からは連続的に変化しない。これは"穴"という幾何学性のために、同様な穴を作ったり、消したりする特殊な雑音以外の影響は作用しないことを意味する。

注4)マヨラナ粒子
自然界に存在する基本粒子としてはボーズ粒子とフェルミ粒子が良く知られている。マヨラナ粒子は通常の複素フェルミ粒子の半分の自由度を持つ実フェルミ粒子であり、その反粒子が自身と同じで、また電気的に中性という特徴を持つ。素粒子としてはいまだに発見されていないが、ノーベル物理学賞で有名になったニュートリノがその候補とされている。

注5)ジョセフソン接合
極薄の絶縁体あるいは常伝導金属薄膜を超伝導体で挟んだもので、超伝導電子対のトンネル効果によって超伝導電流が流れる(ジョセフソン効果)。

注6)超伝導特性の量子化値
ジョセフソン接合にマイクロ波の高周波電圧(周波数f)を加えたとき、超伝導電流特性に高さ(hf/2e)の電圧ステップ(=量子化値)の階段構造が現れる。

注7)トポロジカル量子コンピューター
複数の非可換粒子が存在するときに準粒子の交換によって系の状態が変化することを論理ゲートとして用いた量子計算。空間に配置された準粒子を順番に入れ替えることで計算が実行される。計算結果は準粒子を交換する順序だけで決まり、従って環境からの影響から守られるため、計算は非常に安定である。

注13)クーパ対
通常の超伝導状態では、フェルミ面付近傍の電子の間にフォノンを媒介とした引力相互作用に働くために、反平行のスピンを持つ電子対が安定な状態となる。この電子対は、スピン状態がスピン1重項、全運動量がゼロの束縛状態となっている。

注14)アンドレーフ反射
常伝導金属から入射した電子のエネルギーが超伝導体のエネルギーギャップ内にある場合は、準粒子としてトンネルすることができない。超伝導体との界面では通常の反射だけではなくて、入射した電子が超伝導体との界面で正孔として反射される現象。アンドレーフ反射により、超伝導体中にクーパ対が生成される。

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