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単純構造のシリコン太陽電池で変換効率20%達成 -発電コスト低減に大きく寄与-

【成果のポイント】

◆ 反射防止膜を使用しない単純構造の結晶シリコン太陽電池で、変換効率20%を達成
◆ 10秒~30秒の短時間の簡単な溶液処理で、3%以下の極低反射率を実現(従来技術では20分程度の処理で反射率10%以上)
◆ 単純構造の太陽電池による低コスト化と高効率化によって、太陽電池で最も重要な発電コストの低減に大きく寄与

【概要】

 大阪大学産業科学研究所の小林光教授と今村健太郎助教らの研究グループは、10秒~30秒の簡単な溶液処理によって、3%以下の反射率※1のシリコンウェーハを形成する方法(図1参照)を開発しました。この技術を結晶シリコン太陽電池に用いて、反射防止膜を形成しない極単純な構造の太陽電池で、20%の変換効率を達成しました。 
 従来技術では、シリコン表面にピラミッド構造※2を形成することで低反射にしていましたが(図2左図参照)、低反射処理に約20分を要し、そのうえ反射率は10%以上とあまり低くすることはできませんでした。その結果、プラズマCVD法※3等の高価な方法を用いて反射防止膜を形成する必要がありました。
 今回開発した技術により、太陽電池の製造コスト低減が期待されます。
 開発した技術では、シリコンウェーハを過酸化水素水(H2O2)とフッ化水素酸水溶液(HF)の混合溶液に浸し、白金触媒体に10~30秒接触させるだけで、瞬時に表面にシリコンナノクリスタル層※4が形成され、極低反射化します。どの方向から入射する光もほとんど反射しませんので(図2右図参照)、反射防止膜を形成する必要がありません。一方、シリコンナノクリスタル層は莫大な表面積を持ちますので、効果的な表面パッシベーション※5処理を行わなければ、光生成した電子とホールが表面で再結合して消滅し、変換効率が低下します。再結合を防止するために、リン珪酸ガラス法(PSG法)という新規の方法を開発しました(図3)。PSG法を用いない場合の太陽電池の変換効率は約15%でしたが、これを用いることによって20%にまで向上しました。
 本研究成果の一部は、学術誌「Solar RRL」2017年7月号に掲載されました。


図1 開発した溶液処理(化学的転写法)による多結晶シリコンウェーハの極低反射化

図3 シリコンナノクリスタル層での電子とホールの再結合を防止するために開発した技術

【研究の背景・詳細】

 太陽電池で最も重要なことは単なる高効率化ではなく、発電コストを低減できる技術の開発です。複雑な構造や高価な方法を用いて太陽電池の高効率化を行っても、かえって発電コストが増加してしまいます。したがって、単純構造の太陽電池を単純プロセスで製造する技術を開発することが、発電コストの低減に最も有効と考えられます。
 シリコンの反射率は、平坦面では30~55%と高く、反射防止が太陽電池の高効率化には必須です。単結晶シリコンでは、KOHやNaOH等の強アルカリ性水溶液で20分程度エッチングすることによって、ピラミッド構造を形成して反射率を低減させることが一般的です。しかし、ピラミッド構造の形成後も反射率は10%以上あり(図4a)、反射防止膜を形成する必要がありました。反射防止膜の形成は、プラズマCVD法等の高価でスループットが低い装置が必要で、高コストの一因となっています。多結晶シリコンにはアルカリエッチングを利用できないため、酸エッチング(硝酸+フッ化水素酸水溶液)を用いてテクスチャー構造を形成しますが、反射率は20%以上(図4b)とあまり低くすることはできませんでした。一方、我々が開発した化学的転写(surface structure chemical transfer, SSCT)法では、単結晶シリコンでも(図4c)多結晶シリコン(図4d)でも、3%以下の極低反射率にすることができます。

図4 低反射処理後のシリコンウェーハの反射率:(a)アルカリエッチング後の単結晶シリコン、(b)酸エッチング後の多結晶シリコン、(c)化学的転写法後の単結晶シリコン、(d)化学的転写法後の多結晶シリコン

【本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)】

 結晶シリコン太陽電池は、市販太陽電池の約90%を占める最も重要な太陽電池です。本技術は、単結晶と多結晶シリコン太陽電池の両方に用いることのできる汎用性の高い技術です。従来太陽電池の製造が困難であった安価な固定砥粒法で製造される多結晶シリコンウェーハは、従来技術では低反射構造の形成が困難で、太陽電池にはほとんど使用されていません。しかし、この安価な固定砥粒法・多結晶シリコンを、本技術では容易に極低反射率化することができ、太陽電池に用いることができます。開発した技術を用いれば、太陽電池の製造コストを約2割低減できると期待されます。

【特記事項】

 本研究成果の一部は、学術誌「Solar RRL」2017年7月号に掲載されました。
 タイトル:"Improvement of Conversion Efficiency of Silicon Solar Cells by Submicron-Textured Rear Reflector Obtained by Metal-Assisted Chemical Etching"
 著者名:Daichi Irishika, Yuya Onitsuka, Kentaro Imamura and Hikaru Kobayashi
 本研究は、科学技術振興機構戦略的創造研究(CREST)の一環として行われました。

【用語解説】

※1 反射率
固体に入射した光が反射する割合。シリコン表面で反射した光は、太陽電池での発電に寄与しない。

※2 ピラミッド構造
単結晶シリコンウェーハをKOHやNaOH等の強アルカリ性水溶液に浸すことで形成される。シリコン表面で1回反射した光は再びシリコンに入射するが、2回反射する場合はシリコンから出て行く(図2参照)。

※3 プラズマCVD法
プラズマ化学気相堆積法の略語。真空槽にシラン(SiH4)ガス等を導入し、そこでプラズマを起こすことによってシランを分解して基板上にシリコン等の薄膜を形成する方法

※4 シリコンナノクリスタル層
シリコンを過酸化水素(H2O2)+フッ化水素(HF)水溶液に浸し白金触媒体に接触させることで形成される。シリコンが不均一に溶解することで形成される。表面近くでは隙間が多く、深さと共に少なくなる構造(図3参照)を持っており、この様な構造では屈折率が深さと共に増加し、原理液的に反射がほとんど起こらない。

※5 表面パッシベーション
半導体表面には、不完全な結合などの多くの欠陥が存在する。欠陥準位は、半導体のバンドギャップ内にエネルギー準位を持ち、光生成した電子とホールがここで再結合して消滅する。この様な表面欠陥を消滅させることを、表面パッシベーションという。

【研究者のコメント】

 太陽電池には、1)高効率、2)地球上に原料が豊富に存在、3)安価に製造可能、4)高い安定性、5)原料に毒性がなく、環境汚染の心配がないことが要求されます。
 これらをすべて満たす太陽電池として、結晶シリコン太陽電池が挙げられます。結晶シリコン太陽電池でも、複雑な構造を複雑なプロセスで作製すれば、高効率は達成できますが、発電コストは反って増加します。今回開発しましたSSCT法とPSG法は非常に簡便な方法であり、セル作製コストを低減する上に高効率を達成できます。