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黒リン、バナジン酸ビスマス(BiVO4)のナノ材料からなる可視光応答型光触媒を開発 ~太陽光照射で水を完全に分解し、水素と酸素を生成~

【研究成果のポイント】

・黒リンとバナジン酸ビスマス(BiVO4)の2つのナノ材料からなる可視光応答型光触媒を開発
・これまで光触媒に可視光を利用することは困難だったが、黒リンを使用することで太陽光広帯域利用が可能になる。
・水の完全分解によって水素と酸素を約2:1の割合で製造し、水素社会において根幹となる、太陽光による水素製造の実現へとつながる。

【概要】

 大阪大学産業科学研究所の真嶋哲朗教授、藤塚守准教授らの研究グループは、黒リン※1とバナジン酸ビスマス(BiVO4) ※2を用いた光触媒※3を開発し、この光触媒を使用すると紫外光のみならず可視光※4の照射によっても、水から水素と酸素を同時に効率よく生成できることを世界で初めて見出しました。

 従来の光触媒では、太陽光の3-4%にすぎない紫外光を利用するため、水から水素への太陽光エネルギー変換効率※5が低いという問題や、犠牲剤※6やバイアス電位※7を必要とするため、実用性には程遠いなどの問題がありました。

 今回、真嶋教授、藤塚准教授らの研究グループは、紫外光のみならず可視光にも強い吸収をもつ数層からなる2次元層状構造の黒リンと、同じく数層からなる2次元層状構造のバナジン酸ビスマスとの2成分からなる複合体を合成しました。この複合体において、黒リンとバナジン酸ビスマスがともに可視光に応答して光励起されます。黒リンの光励起によって生成した電子がプロトンを還元して水素を生成し、一方、バナジン酸ビスマスの励起によって生成した正電荷が水を酸化して酸素を生成することを見出しました。波長420nm光の照射の場合、水素と酸素の生成量はそれぞれ160および102 μmol g-1 h-1でした。バナジン酸ビスマスの伝導帯※8から黒リンの価電子帯※9に電子が移動することで、水素と酸素を同時に効率よく生成する触媒反応が進行することがわかりました。

 この黒リンとバナジン酸ビスマスからなる光触媒は、犠牲剤やバイアス電位を必要とせず、可視光の照射下で水を完全分解する、画期的な光触媒であり、太陽光から可視光を利用して、水から水素と酸素を同時に生成することが可能になりました。

 本研究成果は、Angewandte Chemie International Edition に近日中に公開されます。

図1 黒リンとバナジン酸ビスマス(BiVO4)の2成分からなる光触媒の電顕写真。HAADF-STEM (a), dark-field (b), HRTEM(c とd) 像。EDX 元素マッピング: P (e), Bi (f), O (g), V(h)。

【研究の背景】

 太陽光で水を分解して水素と酸素を生成することができる光触媒反応は、太陽光エネルギーを化学エネルギーへ完璧に変換する方法として、人類の夢の一つです。これまでに開発されてきた光触媒においては、その変換効率は低く、完全な水分解を起こし、水素と酸素を同時に生成することは非常に困難です。しかも、ほとんどの光触媒では、犠牲剤やバイアス電位を必要とするため、複雑で、実用性には程遠いなどの問題がありました。

 植物の光合成におけるZ-スキーム※10 を参考に、2次元ヘテロ構造の黒リンとバナジン酸ビスマスからなる複合体を人工的にデザインし、この2成分複合体が光照射によって効率的な電荷分離を起こし、黒リンとバナジン酸ビスマスの上で、それぞれ、還元と酸化反応を起こし、水素と酸素を生成することを見出しました。この光触媒は、犠牲剤やバイアス電位を必要とせず、可視光・近赤外光応答して水を完全分解し、水からの水素と酸素を同時に高効率で生成する画期的な光触媒です。

【本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)】

 本研究では、太陽光エネルギーを化学エネルギーへ完璧に変換する方法として、人類の夢の一つであった、太陽光で水を分解して水素と酸素を生成することができる光触媒を開発しました。その結果、水素社会において根幹となる、太陽光による水素製造の実現へつながることが期待されます。

【特記事項】

本研究成果は、本研究成果は、近日中にAngewandte Chemie International Editionに掲載されます。

タイトル:"Z-Scheme Photocatalytic Overall Pure-Water Splitting on 2D Heterostructure of Black Phosphorus/BiVO4 under Visible Light"
著者名:Mingshan Zhu, Zhichao Sun, Mamoru Fujitsuka, and Tetsuro Majima

【用語解説】

※1 黒リン
 リンには、白リン(黄リン)・赤リン・紫リン・黒リンなどの同素体が存在する。黒リンは層状構造で、紫外、可視、近赤外光領域に幅広い吸収をもつ。

※2 バナジン酸ビスマス(BiVO4)
 バナジン酸塩の無機化合物で、単斜晶系の結晶構造。耐熱性に優れた、毒性がない黄色の顔料として、塗料、プラスチック、セラミックス等に利用される。可視光照射下において光触媒としての性質も持つ。

※3 光触媒
 光を照射することにより触媒作用を示す物質。代表的な光触媒は、アナターゼ型酸化チタン(TiO2)であり、紫外光の照射によって水が分解して水素と酸素を発生する。また、有機物の酸化分解を起こし、二酸化炭素にまで分解できることから、環境浄化へ応用されている。

※4 可視光
 太陽光は様々な波長の光が混ざっていて、波長の短い順番に、エネルギーの大きい順番に、紫外光、可視光、近赤外光と呼び、それぞれは約4%、44%、52%の割合である。可視光は7つの色にわけられる。

※5 光エネルギー変換効率
 入射する光子の数に対して、反応に利用された光子の割合を示す。現在の太陽エネルギー変換効率は数%程度であり、さらなる向上が必要である。

※6 犠牲剤
 光触媒による、二酸化炭素の還元や水からの水素や酸素の発生などで,光増感剤や光触媒と反応することで,自らは分解し,目的の反応を進行させる化合物のこと。

※7 バイアス電位
 回路素子に一定の電圧(電位)をあらかじめ与えることによって、動作の最適化が達成できる。

※8 伝導帯
 縁体や半導体において、バンドギャップの直上にある、空のバンドのこと。

※9 価電子帯
 絶縁体や半導体において、電子によって満たされたエネルギーバンド。

※10 Z-スキーム
 植物の光合成においては光化学系Iと光化学系IIの二段階光励起が行われ、2つの系の間で電子移動が進行している。この電子移動機構をZ-スキームと呼ぶ。

【研究者のコメント】

 太陽光エネルギーを利用した光触媒(人工光合成とも呼ばれる)の研究は、エネルギー問題や環境問題に関連して、世界中の研究者によって活発に行われています。特に韓国、中国での注目度は高く、度々の招待講演を行っています。

【分野】

自然科学系

【キーワード】

蛍光タンパク質、エネルギー関連化学、エネルギー変換、光触媒、ナノ材料化学、水素製造

【キーワード】

励起分子化学研究分野
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