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世界的な創薬の新潮流「核酸を標的にした低分子創薬」-我が国の現状と中谷研の取り組みを紹介-

【研究成果のポイント】

◆従来の創薬はタンパク質を標的にしていたが、機能をもったRNAが創薬の標的として顕在化してきた。
◆特殊な核酸(DNAやRNA)配列の異常な伸長(リピートが健常な方より異常に長くなる)を原因とするリピート病は、遺伝子の異常のため、殆ど治療法がなかった。
◆この異常に伸長したリピートを標的にするドラッグ(低分子有機化合物)を見出し、その治療の可能性を見出した。

【概要】

 大阪大学産業科学研究所の中谷和彦教授らの研究グループは、従来のタンパク質を標的とした創薬とは異なり、核酸(DNAやRNA)を標的とした低分子が、ある種の遺伝子の異常により発症する病気の治療に役に立つ可能性を見出しました。

 ゲノムの配列解読が完了した2003年以降、遺伝子の機能解析研究(ENCODEプロジェクト※1)が世界中で進められてきました。その結果が2012年に報告され、翻訳されないRNA(非翻訳RNA※2)に生命維持の重要な機能があることが明らかとなり(図1)、この非翻訳RNAを標的とした創薬研究が米国を中心に加速しています。特にここ数年、非翻訳RNAを低分子で狙う創薬研究に、アメリカのベンチャーが多額の研究資金を集めています。残念ながら、日本では「核酸を標的とした低分子を用いる創薬研究」は、遅々として研究がすすんでいません。このような状況を打破するために、2017年4月に中谷教授は「核酸標的低分子創薬研究会」を一般財団法人大阪大学産業科学研究協会に設置し、中谷研究室で進めている核酸標的低分子創薬研究の普及に努めています。

 現在中谷研究室では、リピート病※3と呼ばれる疾患を標的にした低分子の創成研究を進めています。リピート病は、ゲノムのなかの「ある特殊な繰り返し配列」が異常に長く繰り返される(リピートが異常伸長する)ことにより発症する疾患です。ハンチントン病や筋強直性ジストロフィーなどが該当します。この特殊なリピート配列は、疾患によって異なり、ハンチントン病ならCAGリピート、筋強直性ジストロフィーではCTGリピートの異常伸長により発症します。健常な人もこの特殊なリピート配列を持っていますが、疾患を発症した人は、健常な人のもつ配列よりリピートが長くなっています。遺伝子の異常による疾患のため、治療法は殆どありません。

 中谷教授らの研究グループでは、長年DNAやRNAのミスマッチ塩基対※4に結合する有機分子の研究を進めてきましたが、これらのミスマッチに結合する分子が、異常伸長したリピートに結合すること、異常伸長したリピートDNAから出来る毒性のリピートRNAに結合することを最近見出しました。これにより、異常なリピートが示す病原性を抑えること、疾患の発症を抑制することが期待されています。

図1 ヒトゲノム30億塩基対の行方

【用語説明】

※1 ENCODEプロジェクト
The Encyclopedia of DNA Elements。アメリカ国立ヒトゲノム研究所(NHGRI)が2003年に立ち上げたヒトゲノム解析プロジェクト。ポストゲノム研究戦略としてヒトゲノムの機能性エレメントの同定とその全体像を解明するために組織された国際プロジェクトの1つで、2012年9月にその結果が報告された。現在も研究が進展中。

※2 非翻訳RNA
ゲノム情報は、ゲノム(DNA)からRNAへ転写、RNAからタンパク質へ翻訳される。ゲノム機能研究が進み、現在は転写されたRNAのうち、ごくわずかな部分がタンパク質に翻訳されることがわかっている。この翻訳されないRNAには、人の生命を維持するための重要な機能が備わっているものが多く、機能性非翻訳RNAと呼ばれている。

※3 リピート病
ゲノムのなかの「ある特殊な繰り返し配列」が異常に長く繰り返される(リピートが異常伸長する)ことにより発症する疾患。リピートが3塩基の場合は、トリプレットリピート病と呼ばれ、ゲノム内の遺伝子に存在する3塩基の繰り返し配列(トリプレット・リピート)が異常に伸長することによっておこる一群の遺伝性神経疾患を指す。トリプレット病 におけるリピート長の伸長は、遺伝子産物(タンパク質・RNA)の機能喪失 (loss of function)または機能獲得(gain of function)の機構を介して、病態を発症させると考えられる。

※4 ミスマッチ塩基対
DNAはアデニン、シトシン、グアニン、チミンの4つの核酸塩基から構成されていますが、この4つの塩基は通常アデニン―チミン、グアニン―シトシンで対(塩基対)を形成します。ミスマッチ塩基対はこの2つの対以外の8つの塩基対を指します。相補的でない配列のDNAが二重鎖を形成した場合や、突然変異が生じた場合にDNA中に現れる。