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世界初!量子計測とAIによる新手法! 神経伝達物質の高速検出・識別に成功 ‐神経疾患の詳細な理解へ期待‐

研究成果のポイント

・神経伝達物質であるドーパミン、ノルアドレナリン、セロトニンを高速・高空間分解能で直接検出する手法を開発
・機械学習の適用により、これまでは1分子で識別できなかった神経伝達物質を1分子で識別することが可能に
・神経伝達物質の放出を直接検出する手法の開発や疾患の解明に期待

概要

大阪大学産業科学研究所の小本祐貴助教、谷口正輝教授、鷲尾隆教授らのグループと、大阪大学大学院生命機能研究科の八木健教授らの研究グループは、神経伝達物質を単一分子レベルで検出・識別する手法を世界で初めて開発しました。

神経伝達物質は神経活動や疾患と関与するため、脳内の神経伝達物質の計測は重要ですが、脳内の神経伝達物質の計測を、脳内の複数の神経伝達物質を選択的に、高速、高空間分解能をもって計測することは困難でした。

今回、研究グループは、単一分子を検出する単分子計測※1に機械学習を用いた解析手法を適用することで、神経伝達物質の分子選択性を飛躍的に向上させ、神経伝達物質をナノメートル※2スケール、10ミリ秒で1分子ずつ識別できる新たな検出手法を開発することに成功しました(図1)。これにより、脳内の神経伝達物質選択的な直接計測が見込まれ、神経疾患の詳細な理解が期待されます。

本研究成果は、英国科学誌「Scientific Reports」に、7月9日(木)18時(日本時間)に公開されました。

図1

図1 単分子神経伝達物質検出の概念図

研究の背景

神経伝達物質は、神経作用の理解には欠かせず、うつ病やパーキンソン病などの疾患に関与していることが知られています。これらの詳細な理解のために、複数の神経伝達物質間の相互作用や、神経伝達物質の経時変化などの詳細な計測が求められています。しかし、神経伝達物質を高速・高空間分解能、かつ神経伝達物質選択性を有して検出することは困難でした。

研究グループは、単分子計測で得られた電流波形を機械学習で識別する手法を開発しました。単分子計測はナノテクノロジー技術により形成した1ナノメートルの検出部位、10ミリ秒の時間分解能を有する単分子計測を用いて、量子力学的なトンネル電流※3を計測する手法です。単分子計測を用いて代表的な神経伝達物質であるドーパミン、ノルアドレナリン、セロトニンの単分子電流波形検出しました。これら3種の神経伝達物質は従来の解析手法では判別することはできませんでしたが、機械学習を用い、ドーパミン、ノルアドレナリン、セロトニンの単分子波形を学習した分類器により未知試料のシグナルを識別する新規識別手法により、3種の神経伝達物質を識別することに成功しました。さらにPUC※4と呼ばれる機械学習を用いることにより、脳内の夾雑物由来のシグナルを除去し、マウス脳内の神経伝達物質の計測に成功しました。

本手法は、単分子計測のナノメートルスケールの検出部位を利用したシナプス間隙での神経伝達物質輸送の直接観測や、脳内神経伝達物質のin vivoマッピング可能な半導体技術を活かした高集積神経伝達物質センサーへの発展が見込まれます。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、脳内の神経伝達物質を経時的に高選択で計測することが可能になり、神経活動を詳細に計測できるようになります。また、本研究の発展により、シナプス間隙での神経伝達物質の直接計測が可能になります。これらの発展により、神経伝達物質が関与する疾患の詳細な理解につながり、新たな治療法が発見される可能性があります。また本研究で開発した新規解析手法は、単分子計測の適用可能範囲を飛躍的に向上させ、様々な分子の計測に応用されると予測されます。

特記事項

本研究成果は、2020年7月9日(木)18時(日本時間)に英国科学誌「Scientific Reports」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:"Time-resolved neurotransmitter detection in mouse brain tissue using an artificial intelligence-nanogap"
著者名:Yuki Komoto, Takahito Ohshiro, Takeshi Yoshida, Etsuko Tarusawa, Takeshi Yagi, Takashi Washio, & Masateru Taniguchi
DOI番号:10.1038/s41598-020-68236-3

なお、本研究は、科学研究費補助金・若手研究、基盤研究(A)、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業CRESTの鷲尾チームの研究の一環として行われました。

用語説明

※1 単分子計測
金属細線を破断することによってナノメートルスケールのギャップを形成する。ナノギャップ間を流れる電流を計測し続ける。分子がナノギャップ間を通過するときに単一分子の伝導度が計測されるために、分子に応じたトンネル電流を計測することができる。トンネル電流はナノメートル以下のスケールで見られる電子のエネルギーがポテンシャルエネルギーよりも低い時に流れる量子力学的な電流であり、単分子計測ではトンネル電流を基に1分子のわずかな電子状態の違いを読み出すことができる。

※2 ナノメートル
10-9メートル

※3 トンネル電流
ナノメートル以下のスケールで見られる電子のエネルギーがポテンシャルエネルギーよりも低い時に流れる量子力学的な電流であり、単分子計測ではトンネル電流を基に1分子のわずかな電子状態の違いを読み出すことができる。

※4 PUC
Positive and Unlabeled Classificationの略。PUCは弱教師有り学習の1種であり、通常の教師有学習と異なり、正解がわかっている1種類のクラスが含まれているデータと、2種類のクラスが含まれかつ、正解がわからないデータを学習する。ノイズのみのデータを取得できるときに、ノイズ除去に適した機械学習手法である。