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微量血液から新生児黄疸診断を可能にする生物発光指示薬の開発 ―スマートフォンを利用した新たな計測法―

発表のポイント

・血中ビリルビン※1を直接検出することが可能な生物発光指示薬を開発
・スマートフォンでの画像撮影により、微量血液からの黄疸診断を実施することが可能
・検査場所を選ばない「ポイントオブケア診断」の実現

概要

大阪大学産業科学研究所の服部満助教、大学院生の伊藤友希乃さん (博士前期課程)、永井健治教授らの研究グループは、黄疸の原因分子である「ビリルビン」に対して、わずかな血液から血中ビリルビン量を計測できる世界初の生物発光指示薬「BABI」を開発しました (図1)。ビリルビンの濃度に応じて指示薬の発光色が青から緑へと変化するため、スマートフォンなどの汎用カメラによる画像撮影を通して簡便に計測を実施できます。本システムは、場所を選ばず、専門的な技術も必要としないため、誰でも知りたいときに手軽に計測できる手段として、将来のポイントオブケア診断における計測プラットフォームへと展開が期待されます。

本研究成果は、米国学術誌「ACS Sensors」に2021年1月14日 (現地時間) にオンライン公開されました。

図1

図1:
生物発光ビリルビン指示薬 BABI の構造およびビリルビン濃度に応じた発光色変化

研究の背景

ビリルビンは血液の主要成分であるヘモグロビンの代謝物であり、そのうち非抱合型ビリルビン (Unconjugated Bilirubin、UCBR) は人体に害を及ぼすため、通常は胆汁として体外へ排出されます。肝臓などの機能異常によりUCBRの血中濃度は変化することから、健康状態を測る指標の1つとして一般的な健康診断にて測定が行われます。

新生児は肝臓の機能が未発達なことから、血中UCBR濃度が増加しやすい傾向にあります。そのため黄疸と呼ばれる症状になることが多く、さらに核黄疸、難聴、脳性麻痺などの重篤な症状を引き起こす恐れもあることから、その迅速な治療は不可欠です。したがって、新生児では定期的な血中UCBR濃度の測定が求められます。従来の測定法では、血液を遠心分離したのち吸光度を計測するといった手順を踏むことから結果を得るまでに一定の時間を要し、また吸光度計など専用の計測機器を必要としていました。

今回、服部助教らは、ホタルの光などで知られる生物発光を用いて、UCBRを特異的に検出できる新規な生物発光指示薬BABI (Bilirubin Assessment with a ratiometric Bioluminescent Indicator) を開発しました。BABIはUCBRが結合すると発光色が青から緑へと変化するため、その色変化を定量することでUCBR濃度を計測することができます。またこの発光は目視で確認できるほど明るいため、スマートフォンカメラのような汎用カメラを用いて撮影することが可能です。そこで、ヒト血液中のUCBR濃度が測定可能かを検証するために、成分を調整したマウス血液を用いて、BABIによる血中UCBRの検出を試みました。抽出した3 µLのマウス血液にBABIを混合し、その発光をスマートフォンカメラで撮影しました (図2)。結果、UCBR濃度の増加に応じた青から橙への発光色変化が検出されたことから、BABIとスマートフォンカメラを組み合わせることで、血液におけるUCBR濃度の計測が可能であることが示されました。BABIは非常に高い検出感度を有するため、黄疸の症状である皮膚や眼の色が変化する前に、その予兆を早期検出することが可能となります。

図2

図2:
スマートフォンカメラでの撮影による血中ビリルビンの濃度測定

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

BABIを利用したビリルビンの計測法は、これまでの検出方法と比較して少量のサンプルから迅速に計測結果を得ることができます。また手持ちのスマートフォンカメラだけで計測できるため、導入コストが最低限に抑えられます。 現在、地域的もしくは金銭的な面での医療格差を解消するため、さらには医療機関の負担を軽減するために、在宅、外来、診療所、ベッドサイドなど場所を限定しない「ポイントオブケア診断」の必要性が高まっており、その実現のためのプラットフォーム整備が急務となっています。スマートフォンはその普及率および高い機能性から診断デバイスとして活用されていくことが想像できます。本指示薬で使用している生物発光はスマートフォンカメラで容易に撮影可能であり、ビリルビンに限らず様々な検査対象への展開が期待されます。

研究者のコメント

核酸を標的とする創薬は、これまでのタンパク質標的創薬では対象とならなかった疾患の治療開発の可能性を秘めており、世界中で核酸標的低分子創薬の動きが活発化しています。日本国内においても核酸を標的とする低分子創薬研究により難治性疾患の治療開発が進むことを期待しています。

特記事項

本研究成果は、2021年1月14日 (現地時間) に米国学術誌ACS Sensors (オンライン) に掲載されました。

タイトル: "Ratiometric bioluminescent indicator for simple and rapid diagnosis of bilirubin"
著者名: Yukino Itoh, Mitsuru Hattori, Tetsuichi Wazawa, Yoshiyuki Arai, and Takeharu Nagai
DOI: 10.1021/acssensors.0c02000

本研究はJST研究成果展開事業 [先端計測分析技術・機器開発プログラム] の一環として行われました。

用語説明

※1 ビリルビン
赤血球の主要成分であるヘモグロビンの一部が代謝されたもの。成人では血流で肝臓に運ばれ胆汁として排出されるが、新生児は肝臓の機能が未発達のため血中ビリルビンが増加しやすく、黄疸や神経障害などの症状となる。