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転がり軸受の余寿命をAIで予測 ~産業現場のコスト削減と安全を守る〜

発表のポイント

・欠陥進展下の転がり軸受※1の個別の余寿命を高精度に推定する機械学習技術を開発。
・欠陥進展下においては振動特徴の変動が不規則であり、転がり軸受の余寿命を正確に推定することが困難であった。
・幅広く産業機械分野におけるメンテナンス効率の向上により、環境負荷の低減、経済的損失の軽減に資する。

図1

図1:代表的な転がり軸受の外観図および欠陥形状

概要

 大阪大学大学院情報科学研究科大学院生の北井正嗣さん(博士後期課程、本学NTN次世代協働研究所 招へい研究員)、産業科学研究所 福井健一准教授らの研究グループは、欠陥進展下においても継続的に使用される転がり軸受の余寿命実時間を高精度に推定可能な機械学習技術を開発しました。
 大型機器や設置場所により転がり軸受のメンテナンスが容易ではない場合、多少の欠陥があっても運転に支障がない範囲において、欠陥発生後も使用可能な限界まで転がり軸受が使用されるアプリケーションがあります。しかし、欠陥進展下の転がり軸受は振動加速度の変動が不規則であり、使用可能な限界までの余寿命を高精度かつロバストに推定することは困難でした。従来、欠陥進展下における余寿命予測は困難な課題と考えられており、これまでほとんど試みられていませんでした。
 今回、福井准教授らの研究グループは畳み込みニューラルネットワークと階層ベイズを組み合わせた余寿命推定手法により、欠陥進展下においても高精度かつロバストに余寿命を推定可能な手法を世界に先駆けて提案しました。
 本研究成果は、米国科学技術誌「IEEE Access」に、2021年4月20日に公開されました。

研究の背景

 これまで、欠陥進展下における正確な余寿命の実時間を欠陥進展初期段階から推定することは困難な課題でした。同一の型番・運転条件であったとしても、欠陥進展初期からの余寿命のばらつき(個体差)は平均余寿命よりも大きく、また、欠陥進展末期においては振動特徴が不規則に変化するため、これらの課題に対処する必要がありました。
 福井准教授らの研究グループでは、畳み込みニューラルネットワーク(ディープラーニング)と階層ベイズ回帰※2をベースとした回帰手法により、欠陥進展下の転がり軸受の余寿命曲線を予測する手法を考案しました。畳み込みニューラルネットワークでは振動データのスペクトログラム(周波数特性)を利用して、時間・周波数領域の時空間的特徴を捉えるとともに、劣化の傾向を中間変数として利用することで、欠陥進展初期における余寿命推定精度の向上に成功しました。さらに、畳み込みニューラルネットワークの出力を階層ベイズと組み合わせることにより、余寿命の個体差と全体の傾向を併せ持つ回帰曲線を確率分布として推定し、欠陥進展末期においても余寿命推定精度の向上ならびにロバスト性の確保に成功しました。
 本手法では余寿命は予測分布(予測値の信頼性)を伴う曲線として表現されます。欠陥の進展に伴う測定データの増加に伴い、予測曲線は真値に近づき、より信頼性が高まります(図2)。また、本手法は従来法と比較して特に欠陥進展初期において、時間比で約32%予測精度の改善を達成しました。

図2

図2:欠陥の進展に伴う余寿命予測分布の変化の様子

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

 近年、プラントや工場設備の部品の経年劣化、破損等への対応として機械設備のメンテナンス技術が重要視されています。機械設備が想定外の故障により停止した場合、製品の生産に大きな損失を与えるだけでなく、機械設備の修復にも費用と時間を費やすことになります。また、劣化した状態での運転によりアプリケーションによっては環境に悪影響を及ぼすことも懸念されます。
 転がり軸受はほとんど全ての産業機械に利用され、機械を効率良く回転させるための重要な機械要素です。機械設備のメンテナンスを適切に実施することは生産性の改善、ダウンタイムコストの低減に貢献できるだけなく、機械設備の省エネルギー化にも貢献できるため、経済・環境の両面において大きなメリットがあります。

特記事項

本研究成果は、2021年4月20日(火)に米国科学誌「IEEE Access」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:"A Framework for Predicting Remaining Useful Life Curve of Rolling Bearings Under Defect Progression Based on Neural Network and Bayesian Method"
著者名:Masashi Kitai, Takuji Kobayashi, Hiroki Fujiwara, Ryoji Tani, Masayuki Numao and Ken-ichi Fukui

DOI: https://doi.org/10.1109/ACCESS.2021.3073945

用語説明

※1 転がり軸受
回転抵抗を減らし機械装置の円滑な運転を支える機械要素部品。軸受はほとんどの機械や構造物の回転部分に欠かせない部品のため、「機械産業の米」とも言われる。

※2 階層ベイズ回帰
ベイズの定理に基づいた不確実性と多様性を表現する統計モデルの一種。観測データから回帰モデルを構築(学習)し、新規観測データに対して予測分布を出力する。

コメント

 本研究は産学連携による成果です。2017年9月に本学工学研究科NTN次世代協働研究所が設置されました。本件には協働研究所設置の前段階から関わらせて頂いて、研究テーマのマッチングから始まり、研究テーマの具体化、そしてNTN株式会社にはこちらの要望に応じて大規模かつ継続的な模擬試験を実施して頂き、お陰様で検証に充分な量のデータを確保することができました。また、博士後期課程兼招へい研究員の北井氏による多大な実装・計算機実験の努力により本研究は遂行されました。ここに感謝の意を表します。企業と連携し本研究のさらなる発展・展開を目指します。