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DNA検出可能なナノポアセンサを開発!超高感度変異ウイルス検査システムへの応用に期待

発表のポイント

・1細胞内のDNAを1分子レベルで検出する集積ナノポア※1デバイスを開発。
・ナノポア膜を積層することで、1細胞内物質の抽出・分離とその場検出を実現。
・変異ウイルスをゲノムレベルで迅速に見分ける新しいセンサ技術への応用に期待。

概要

 大阪大学産業科学研究所の筒井真楠准教授・鷲尾隆教授・川合知二招聘教授、名古屋大学未来社会創造機構の有馬彰秀特任講師・馬場嘉信教授らによる研究グループは、ナノサイズの細孔(ポア)を3次元的に配置させた集積ナノポアデバイスを開発し、1細胞内のゲノムを1分子レベルで検出するナノセンサ技術を開発することに成功しました(図1)。
 これまでの固体ナノポアセンサ(図1左)では、1個の粒子がナノポアを通過する際に生じるイオン電流※2の変化を測定し、得られる電流信号波形を解析することで、細菌やウイルスの大きさ・形状等の違いを1粒子レベルで識別することができました。しかし、ウイルスの変異株のような場合には、ゲノムに違いはあるものの、大きさや形状の個体差は僅かなものになり、ナノポアセンサによってウイルスの変異を見分けることは困難になることが課題でした。
 そこで今回、研究グループは、粒子そのものではなく、粒子に内包されたゲノムを検出するためのナノポアセンサを開発しました。従来の固体ナノポア膜の上部に、細胞膜を破砕し内容物を抽出・分離するマルチナノポア膜を積層させた集積ナノポアデバイスを作製し、これを用いて1個の大腸菌細胞内にあるゲノムの1分子検出に成功しました(図1右)。本技術をウイルスに適用すれば、細胞と同様に、1個のウイルスを破砕し内部のゲノムを1分子レベルで検出することができるようになり、ウイルスの変異の有無を1粒子かつゲノムレベルで識別できる超高感度ウイルス検査の実現が期待されます。

図1

        図1:従来の固体ナノポアセンサ(左)と、今回開発した集積ナノポア(右).

 本研究成果は、Wileyが発刊する「Small Methods」に、8月15日(日)に公開されました。

研究の背景

 固体ナノポアは、半導体技術を用いて絶縁膜中に作製するナノスケールの細孔であり、電解質溶液中で、ナノポア内におけるイオン電流を計測することで、そこを通過する微小な物体の大きさや形状を測定することができます(図1左)。これまでこのセンサ原理を応用し、イオン電流計測により得られる電流波形から、コロナウイルスやインフルエンザウイルス等の呼吸器感染症に関連する複数種のウイルスを1粒子レベルで識別することができました。一方、変異株のような場合には、遺伝子に違いはあるものの、ウイルスの大きさや形状には僅かな差しか無いことから、従来のナノポアセンサ原理では、新たな変異株を速やかに見つけ出すのは困難と考えられてきました。
 そこで本研究では、細胞やウイルス内のゲノムを1分子レベルで検出する新しいナノポアデバイスを開発しました(図1右)。このデバイスでは、上層のマルチナノポアで検出対象物を捕捉しその外膜を電気的に破壊します。すると、物質内部にあるマルチナノポアより小さな粒子や分子は下層にあるナノポア膜に運ばれそこで検出されます。今回の研究では、モデルケースとして大腸菌を用いました。集積ナノポアに一定以上の電圧を加えると、マルチポアに生じる強電場によって大腸菌細胞膜が破壊され、下層のナノポアで細胞内のタンパク質やDNAを1分子レベルで検出可能であることを実証しました。
 本技術の特徴は、1細胞内のゲノムをその場で検出できる点にあります。従来の固体ナノポアでは、あらかじめ細胞を破砕し、ゲノムを抽出・分離精製した上で、PCR増幅する、といった煩雑な前処理が必要でした。もし前処理無しに細胞内の物質をナノポアで測定すれば、細胞内に存在するナノポアより大きな夾雑物によりたちまちナノポアは塞がれ、ゲノムは検出できなくなります。また、PCR増幅をしないと、サンプルに含まれるゲノムの濃度が低いため、いくら待ってもゲノムはナノポアに入らず検出されません。これらの問題を一気に解決するのが、固体ナノポア層の上部に集積するマルチポア層です。マルチポアをナノポアと同じ大きさにすることで、マルチポアはフィルタの役割を担い、ナノポアが大きな夾雑物で塞がることを抑制できます。さらに、マルチポア層をナノポア層の近傍に集積することで、抽出された1分子ゲノムは速やかにナノポアへと移動するため、短時間でゲノム検出が可能になります。
 この原理をウイルスに適用すれば、細胞と同様に、ウイルスを電気的に破砕し、内部のゲノムを1分子レベルで検出することが可能になり、ウイルスの遺伝子変異を迅速に検査することが可能になると期待されます。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

 細菌を電気的に破砕し、内部のゲノムを1分子レベルで検出する本技術は、ウイルスにも転用可能なものです。本技術をウイルスに転用すれば、PCRのような核酸増幅技術を使わずに、1個のウイルスのゲノムを1分子レベルで調べることができるようになりますので、ウイルス数が少ない感染初期であっても、僅かな時間で変異ウイルスの有無を判定できる新規ウイルス検査法が実現できます。

特記事項

研究成果は、8月15日(日)に「Small Methods」のオンライン版で公開されました。
タイトル:"Detecting single molecule deoxylibonucleic acid in a cell using a three-dimensionally integrated nanopore"
著者名:Makusu Tsutsui, Kazumichi Yokota, Akihide Arima, Takashi Washio, Yoshinobu Baba, and Tomoji Kawai

DOI: https://doi.org/10.1002/smtd.202100542

用語説明

※1 ナノポア
ナノメートル(10億分の1メートル)スケールの細孔。

※2 イオン電流
電荷を持った原子・原子団(イオン)の運動によって生じる電流。本研究では、ナノポアを挟んで電圧を印加することで、イオンをナノポアに強制的に通過させる。ウイルスやタンパク質、DNA等の微小物体がポアを通過する際、ポア内のイオンは微小物体の体積によって排除されるので、瞬間的にイオンの流れが阻害され、電気的なシグナルとして検出できる。

コメント

 今回開発した積層集積ナノポアは、1粒子の大きさや形状を測定する従来の固体ナノポアセンサを、生体粒子が内包するゲノムの1分子検出を可能にするデバイスとして発展させたものです。今後、変異ウイルスの迅速検査システムへの応用が期待されます。

これまでの研究成果

AI技術とナノポアセンサで1個のインフルエンザウイルスの高精度識別に成功!
https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2018/20181121_1

ナノポアセンサ×ペプチド工学でインフルエンザウイルスを1個レベルで認識する新規ナノバイオデバイスの開発に成功!
https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2019/20190110_3

AI技術とナノポアセンサでウイルスの複数種識別に成功!
一回の検査で複数のウイルス、感染症の原因特定に期待
https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2020/20201110_2

水の力でもっと精密にナノ粒子をとらえる!
ナノポアデバイスの開発で高精度な解析の実現へ
https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2021/20210316_2

エクソソームの形状分布解析に成功
新しいがん診断指標として期待
https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2021/20210512_2

注目のナノポアセンサ AIでノイズを制御し精密に形状を測定!変異ウイルス検査システムへの応用に期待
https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2021/20210514_1