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光を使って回路を操る!フレキシブル有機電子回路の電気特性制御を実現

発表のポイント

・光による分子構造変化を利用した有機電子回路の電気特性制御に成功しました。
・有機電子回路の電気特性制御には複雑な構造・材料選択が必要でしたが、本技術では同一の構造・材料に対して部分的に光照射を行うだけで電気特性制御を可能にしました。
・フレキシブル電子回路の更なる高性能化により、超軽量ウェアラブル・ヘルスケアデバイスなどへの応用が期待されます。

概要

 大阪大学産業科学研究所の植村隆文特任准教授(常勤)(JST創発的研究支援事業・創発研究者、産業技術総合研究所特定フェロー兼任)、大学院生の田口剛輝さん(工学研究科博士後期課程、産業技術総合研究所リサーチアシスタント)、関谷毅教授らの研究チームは、オーストリアのJoanneum研究所のAndreas Petritz(アンドレアス ペトリッツ)博士、Barbara Stadlober(バーバラ シュタットローバー)主任の研究チームと共に、光照射によるフレキシブル有機トランジスタ※1集積回路特性の制御技術の開発に成功しました(図1)。

図1

             図1:光照射による有機トランジスタ回路特性の精密制御
             デバイス写真とプロセスイメージ図

 これまで、複数の有機トランジスタから構成される集積回路の作製と、その電気特性制御を実現するためには、制御用電極を付与した構造や、複数の界面修飾材料を個別に成膜するなど、複雑な構造、または複数の有機材料を使いこなす必要がありました。
 今回、研究グループは、光照射によって分子構造が変化する高分子材料を有機トランジスタの絶縁層として用いることにより、集積回路の特性を自在に変化させることに成功しました。この技術は、単一のデバイス積層構造と、同じ有機材料の組み合わせで構成される有機トランジスタにおいて、光照射を行うことによってトランジスタの電気特性を自在に変化させる技術です。複数の有機トランジスタから構成される集積回路の作製工程において、狙ったトランジスタのみを光照射によって制御することが可能であるため、従来方法と比べて飛躍的に簡単な工程と、少ない材料使用によって電子回路特性を制御することが可能です。今回の研究成果により、無意識下のウェアラブル生体計測を例として、実空間のあらゆる対象物をセンシングする技術として開発が進められているフレキシブル電子回路の更なる高性能化が期待されます。
 本研究成果は、独国の国際学術誌「Advanced Materials」に、9月21日(火)19時(日本時間)に掲載されました。

研究の背景

 フレキシブル電子デバイスは、無意識下のウェアラブル生体計測を実現するためのデバイス技術として、遠隔医療・デジタルヘルスケアで実現する持続的な社会の構築を目指して研究開発が行われています。
 研究グループでは、本質的に高い機械的柔軟性を有する有機電子材料を活用したフレキシブル有機トランジスタ回路のデバイスへの応用を進めてきました。しかし、生体信号計測を実現するセンサデバイスは、スイッチング回路、信号処理回路など、複数の電子回路から構築されるため、目的のデバイス特性を得るためには個別のトランジスタの電気特性制御技術の開発が求められていました。

研究の内容

 今回、研究グループは紫外光を照射することによって分子構造が変化する高分子材料※2を有機トランジスタの絶縁層として用いることにより、集積回路の電気特性を自在に制御する技術を構築しました。この技術では、光の照射量を調整することにより、有機トランジスタのしきい値電圧※3を-1.5 Vから+0.2 Vの範囲で任意に制御可能です(図2左)。また、光を用いた技術であるため、特性制御における二次元空間分解能にも優れており、今回の研究ではおよそ18 µmの精度で分子構造変化を誘起できることを確認しました(図2右)。今後、光照射手法の工夫によって空間分解能の改善が期待でき、より集積度の高い小型の回路製造にも応用可能な技術です。

図2

図2:(左)照射光量(Dose)としきい値電圧(Vth)の関係
(右)分子構造変化の二次元空間分布を示す顕微FTIRイメージング測定結果(大阪大学Logoマークを模擬して光を部分照射しており、~18 µmの空間分解能が確認された)

 これらの特徴を活用することにより、同一の構造、同一の材料を用いた有機トランジスタの集積回路において、任意の光照射領域のトランジスタ特性のみを自在に変化させることが可能となりました。今回の研究では実証例として、有機トランジスタを用いたインバーター回路※4、リングオシレーター回路※5を試作し(図1左上)、光照射によって回路特性を自在に調整可能であることを示しました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

 本研究成果により、光照射による簡単な工程と、従来技術と比べて少ない材料使用によってフレキシブル有機電子回路の特性を自在に制御可能であることが示されました。これにより、フレキシブル電子回路の更なる高性能化が実現し、将来の遠隔医療・デジタルヘルスケアにおける重要技術である無意識下のウェアラブル生体計測を例として、実空間のあらゆる対象物をセンシングする技術として活用されることが期待されます。

特記事項

本研究成果は、2021年9月21日(火)19時(日本時間)に独国の国際学術誌「Advanced Materials」に掲載されました。
タイトル:"Heterogeneous Functional Dielectric Patterns for Charge Carrier Modulation in Ultraflexible Organic Integrated Circuits"
著者名:Koki Taguchi, Takafumi Uemura, Naoko Namba, Andreas Petritz, Teppei Araki, Masahiro Sugiyama, Barbara Stadlober, and Tsuyoshi Sekitani

DOI: https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/adma.202104446

なお本研究は、科学技術振興機構(JST)創発的研究支援事業、産総研・阪大 先端フォトニクス・バイオセンシングオープンイノベーションラボラトリにおける研究の一環として行われ、日本学術振興会(JSPS)科研費、JST・Center of Innovation Program、文部科学省(MEXT)ナノテクノロジープラットフォーム事業、人・環境と物質をつなぐイノベーション創出ダイナミック・アライアンスの支援を受けて行われました。

用語説明

※1 フレキシブル有機トランジスタ
有機電子材料の機械的柔軟性を活用した折曲げなどが可能なトランジスタ。

※2 紫外光を照射することによって分子構造が変化する高分子材料
本研究では、Joanneum研究所において開発されたPNDPE;poly((±)endo,exo-bicyclo[2.2.1]hept-ene-2,3-dicarboxylic acid, diphenylester)を使用した。

※3 有機トランジスタのしきい値電圧
トランジスタのON、OFFが切り替わる際のGate印加電圧であり、トランジスタによる回路設計において重要な設計パラメータ。

※4 インバーター回路
電子回路において、入力電圧の論理レベルを逆転させて出力するNOT回路として使用される。アナログ電子回路においては信号増幅回路の一部にも使用される。

※5 リングオシレーター回路
奇数個のNOT回路をリング上に接続した回路。電子回路において、動作の基準時間を決定するクロック信号の発生回路としても使用される。

コメント

 研究グループでは、超軽量・超薄膜という特徴を有するフレキシブル有機電子回路技術を活用して、心電、脈波、脳波などのウェアラブル生体計測技術を開発してきました。本研究成果は、フレキシブル有機電子回路の製造における基礎的な研究開発にかかわるものですが、この成果を社会実装に繋げ、より手軽な生体計測デバイスを実現する事により、将来の遠隔医療・デジタルヘルスケアで実現する持続的な社会の構築を目指して参ります。