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セルロースナノファイバーの切り紙フィルムで効果的な放熱を実現 ―切り紙エレクトロニクスへの展開―

発表のポイント

・切り紙加工したセルロースナノファイバーフィルムが、形状可変の柔軟な冷却システムに活用できることを見出した。
・高温化しやすい分散型電界発光(EL)素子への切り紙加工と空気対流により、低温駆動する切り紙光源を開発した。
・切り紙放熱コンセプトは、様々なフィルム素材を放熱部材に利用する新しい熱設計を可能にし、熱工学やペーパーエレクトロニクスへの幅広い応用が期待される。

概要

 大阪大学産業科学研究所の上谷幸治郎助教、大分工業高等専門学校の常安翔太助教、東京工芸大学工学研究科の佐藤利文教授らの研究グループは、切り紙加工を施したセルロースナノファイバー製フィルムが、空気対流によって放熱する柔軟な冷却システムとして活用可能であることを初めて明らかにしました。
 従来の金属製ヒートシンクを用いた対流式冷却システムは、素材や寸法の制約が大きく、放熱性と小型化・柔軟性を両立させた次世代スマート・エレクトロニクスの要求に応えることが困難でした。今回、上谷助教らの研究グループは、熱伝導性の比較的高いホヤ殻由来のセルロースナノファイバー製フィルムを用いて、切り紙と対流放熱による柔軟な冷却システムを提案しました。切り紙で作った「網飾り」パターンを延伸展開し、その開口部から秒速3.0 mで空気を対流させると、熱抵抗が約1/5に大きく減少し、切り紙と対流がない場合に比べて放熱性が大幅に高まることを実証しました。また、高輝度化に伴う発熱量増加が問題視される無機電界発光(EL)素子に対して、切り紙加工と空気対流を施すことで、発光中でも体温と同程度まで冷却されることを初めて実証しました(図1)。

図1

        図1:切り紙と空気対流による放熱により低温発光する無機EL素子の模式図。

 この切り紙による放熱コンセプトは、様々なフィルム素材を形状可変の冷却構造として利用することを可能とし、次世代ペーパーエレクトロニクス等への幅広い活用が期待されます。
 本研究成果は、Springer Nature社の国際科学誌「NPG Asia Materials」に、9月24日(金)に公開されました。

研究の背景

 エレクトロニクスにおける放熱の重要性はますます高まっています。放熱システムは、増大し続ける排熱からエレクトロニクスを保護し、正常かつ安全な動作を成立させるとともに、設計自由度を決定する役割も担っています。特に、次世代の薄くて柔軟な多機能エレクトロニクスの開発に向けて、より自由度の高い放熱システムの開発が重要となります。しかし、これまでは金属製フィンによるヒートシンクを用いた放熱システムが主流で、柔軟性や設計自由度を高めることが困難でした。

 上谷助教らの研究グループでは、ヒートシンクの周期的な3次元フィン構造が2次元フィルムへの周期的な切れ込みと類似している点に着眼し、伝統的な切り紙工芸である「網飾り※1」パターンに対して空気を対流させることで、放熱性が大きく向上することを実証しました。まず、熱伝熱性のホヤ殻由来セルロースナノファイバー※2製フィルムにレーザーカッターで切り紙加工を施しました。中央にマスキングにより黒化領域を形成し、強力白色光を照射して光熱変換により強く発熱させ、一定熱量を発する疑似熱源としました。ここに水平方向の空気対流を当て、サーモグラフィで温度を読み取ることで放熱性を検証しました(図2)。その結果、切り紙がなく無風状態では152℃まで上昇したフィルムの温度が、切り紙切片における強制対流下では50℃まで冷却され、熱抵抗※3が1/5に低下することが判明しました。

図2

図2:切り紙CNFフィルムに対する放熱性試験。疑似発熱源の熱を切り紙と対流によって空気に伝達し、効果的に冷却することを実証。

 切り紙の延伸・展開による開口部の大きさによって通過風速が決定され、風速に伴って放熱性能も制御されることが判明しました。用いるフィルム材料の熱伝導率も放熱性に大きく影響し、風速が同じ場合、熱伝導率が高いフィルムの方が高い放熱性能を示します。しかしこの時、熱伝導率がセルロースより低い汎用性プラスチック・フィルムを用いても、切り紙と対流を組み合わせることで、0.56 W/cm2の発熱量であれば約50℃程度の実用温度範囲まで冷却できることが判明しました。切り紙放熱のコンセプトを上手く活用すれば、熱伝導率の低い高分子フィルムでも実用に耐えうる放熱性能を発現可能になると言えます。

 また金属箔などの電気伝導性があり不透明なフィルム材料は、熱伝導率は高いもののエレクトロニクス基材として無加工で使用することは困難であり、一方、絶縁性で透明性を持つプラスチック・フィルムは、熱伝導率の低さから十分な放熱性能が得られませんでした。しかし、切り紙放熱システムはこのような材料学的なジレンマを克服し、各種フィルム素材の柔軟性や透明性などの利点を活かしながら、放熱性能を高めることが可能になります。

 さらに、セルロースナノファイバー製フィルムを基材として分散型EL素子※4を形成し、エレクトロニクスに実装した状態での放熱性能を確認しました(図3)。分散型EL素子は、無機蛍光粒子への電界印加により発光する平面光源で、耐環境性が高く厳密な封止が不要という利点からスマートで多機能な面光源への展開が可能です。しかし、高輝度を得るための電圧印加により、本研究の条件下でおよそ74℃まで発熱するため、発光効率や素子寿命の低下や使用中の安全性が懸念されます。この素子に網飾りパターンを形成したところ、延伸展開しても発光し続け、さらに空気対流によって体温と同程度の約35℃まで冷却されることを実証しました。

図3

             図3:分散型EL素子の切り紙加工で発現する放熱性。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

 多彩な切り紙構造を用いてバラエティに富む放熱構造が設計可能となるため、次世代ペーパーエレクトロニクスの省エネ、長寿命化、安全性向上などに役立つと期待されます。フィルム素材の切り紙加工による放熱コンセプトは、従来の様々なフィルム素材を形状可変の冷却構造として利用し、エレクトロニクスをより自由にデザインする新たな活路を開拓します。

特記事項

本研究成果は、2021年9月24日(金)にSpringer Nature社の国際学術誌「NPG Asia Materials」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:"Kirigami-processed cellulose nanofiber films for smart heat dissipation by convection"
著者名:Kojiro Uetani, Keitaro Kasuya, Jiahao Wang, Yintong Huang, Rikuya Watanabe, Shota Tsuneyasu, Toshifumi Satoh, Hirotaka Koga, and Masaya Nogi

DOI: https://www.nature.com/articles/s41427-021-00329-5

なお、本研究は、日本学術振興会科研費(課題番号21K14215)、フジシール財団、「物質・デバイス領域共同研究拠点」の共同研究プログラムの助成を受けて実施されました。また、本研究の一部は、文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム事業(課題番号S-21-OS-0034)の支援を受けて、大阪大学ナノテクノロジー設備供用拠点において実施されました。

用語説明

※1 網飾り
代表的な切り紙の一種で、線形の切れ込みを交互に入れたパターンから成る。七夕飾りとして有名。

※2 熱伝熱性のホヤ殻由来セルロースナノファイバー
セルロース製の紙や布が断熱的なのは空気を多く含むためであり、高結晶性のセルロースナノファイバーそのものは汎用的なプラスチックよりも熱伝導性が高い。本研究では、セルロースの中でも特に熱伝導性の高いマボヤの殻由来のセルロースナノファイバーを用いている。

※3 熱抵抗
入力熱量と上昇温度の比率。温度上昇が小さい時に値が小さくなり、放熱性能が高いことを示す。

※4 分散型EL素子
無機ELの一種で、電界により加速された電子によって無機蛍光粒子が発光する素子である。耐環境性および加工性に優れ、シンプルな構造のため、時計や携帯電話のバックライト等、発熱量を抑えた低輝度光源として実用化された実績がある。

コメント

 「切り紙」という伝統的技法と新しい「伝熱性CNF紙」とを融合した温故知新の技術開拓により、「COOLに(冷却&洗練された)光る紙」を開発しました。現時点ではコンセプトを実証した段階にありますが、今後、本技術のさらなる高効率化と応用範囲の拡大によって、魅力的な切り紙エレクトロニクスが開拓されることでしょう。