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DNA/RNA中の電子移動速度を1分子測定 ―PCRを必要としない、1本のDNA/RNAを1分子検出・診断する新技術―

研究成果のポイント

・DNA中の電子移動速度を1分子測定
・電子移動速度の違いから、病理標本上でmRNA中の点変異を1分子診断
・DNA/RNAの1分子検出・診断が可能に

概要

 大阪大学産業科学研究所の川井清彦准教授、大学院生のFan Shuya(ファンシュヤ)さん(工学研究科博士後期課程)、藤塚守教授らの研究グループは、修文大学健康栄養学部、専門病理医の川井久美教授、東京工業大学生命理工学院の丸山厚教授、名古屋大学未来社会創造機構の夏目敦至特任教授らとの共同研究で、DNA中を電子が長距離移動する速度を1分子で測定する手法を開発し、病理標本上でmRNAの点変異を1分子その場診断することに成功しました。PCRのような時間とコストを要する情報の増幅を必要としない、迅速なDNA/RNAの1分子分析・診断法への展開が期待されます。 本研究成果は、米国科学誌「Chem」に、9月1日(木)公開されました。

図1

図1 正常な配列(上)だと、電子がゆっくり移動。変異があると、電子が速く移動。電子の移動速度を点滅としてそのゆらぐ速さから1分子測定し、点変異を診断。

 

研究の背景

 これまで、我々生物の遺伝情報を司るDNA中の電子移動※1(電気が流れること)については、世界でもホットな研究の1つで注目も高く、実験、および、理論の両面から様々な研究がなされ、ノーベル化学賞受賞研究分野の候補の1つにも挙がってきました。川井清彦准教授らの研究を含む一連の研究により、電子の移動する速さが配列により変わることがわかっていました。DNA中を電子が移動する速度を測れば、DNAの配列情報を読むことができ、遺伝子診断を行うことができますが、測定に多量のサンプルを必要とし、診断への応用はできませんでした。
 

研究の内容

 川井准教授らの研究グループでは、1分子から放たれる光が点滅して観測される現象(=蛍光blinking※2)を利用して、化学反応速度を蛍光blinkingにおいて消えている時間の長さとして1分子測定してきました。今回、修飾核酸プローブを設計・合成し、DNA内の電子移動速度を蛍光blinkingより1分子測定する技術を開発しました。蛍光blinkingは様々な試料上でその場測定することができます。専門病理医である川井久美教授、脳神経外科医の夏目敦至特任教授らが作成した腫瘍細胞病理切片上で、成人グリオーマの治療効果と相関のあるisocitrate dehydrogenase (IDH)遺伝子の点突然変異※3の診断を試みました。IDHのmRNAを修飾核酸プローブより捕捉し、形成される二本鎖中の電子移動速度を蛍光blinkingにより1分子測定することにより、点変異を1分子診断することに成功しました。病理医の川井久美教授は、化学者の川井清彦准教授の姉であり、今回姉弟の医工連携の共同研究を成し遂げることができました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

 本研究成果により、PCRに代表されるような時間とコストをかけて情報を増幅する操作を行うことなく、1本のDNA/RNA 分子を任意の場所でその場検出する、分析・診断法への応用に期待されます。

特記事項

 本研究成果は、2022年9月1日(木)午前1時(日本時間)に米国科学誌「Chem」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:"Electron transfer kinetics through nucleic acids untangled by single-molecular fluorescence blinking"
著者名:Shuya Fan, Jie Xu, Yasuko Osakada, Katsunori Hashimoto, Kazuya Takayama, Atsushi Natsume, Masaki Hirano, Atsushi Maruyama, Mamoru Fujitsuka, Kumi Kawai, and Kiyohiko Kawai
DOI:https://doi.org/10.1016/j.chempr.2022.07.025

 なお、本研究は、キヤノン財団研究助成プログラム「産業基盤の創生」、JSTさきがけ、独立行政法人日本学術振興会(JSPS)の科研費「新学術領域研究(16H01429)」「基盤研究B(17H03088)(21H02059)」「挑戦的研究(萌芽)19K22256)」、文部科学省(MEXT)の「人・環境と物質をつなぐイノベーション創出ダイナミック・アライアンス」の一部として行われました。

用語解説

※1 DNA中の電子移動:
DNA二本鎖構造の発見後間もない1962年にはすでに、核酸塩基間のπスタッキングを介して電子が移動することが示唆されていました。1990年代後半から、実験・理論の両面から様々な研究がなされ、DNA内を電子が移動することが明らかとなりました。DNA内電子移動の先駆的な研究はノーベル化学賞の候補として近年注目されています。

※2 蛍光blinking:
光をあてると光る蛍光分子は、何かしらの化学反応が起こるとしばしば光らなくなります。さらに化学反応が起こりもとの状態に戻ると、再び光りだします。一つの分子に注目すると、蛍光が点滅(=blinking)しているように観測されます。点滅の際の消えている時間の長さから、化学反応速度を1分子測定することができます。

※3 点突然変異:
遺伝子上のたった1塩基の違いであり、発がんなどの原因となります。長いDNA/RNA上での非常にわずかな違いであるため、1分子検出することが困難でした。

発表者(川井清彦 准教授)のコメント

 DNA内の電子移動速度は、LewisらによってNatureに最初の報告が2000年になされました。我々はDNA中の電子移動の研究に20年以上取り組み、速度が配列によりどのように変わるのかを調べ、化学修飾により速度を速くする手法を開発してきました。今回、2000年当時と比較して、10兆分の1以下のサンプル量で速度測定に成功し、病理標本上でmRNAの点突然変異の1分子診断を達成しました。

参考URL

川井清彦准教授 研究紹介URL
https://mec.isir-sanken.jp/labs/mec/wp-content/uploads/2022/01/kawairesearch.pdf