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新炭素材料グラフェンを用いて新型コロナウイルス検出に成功 ―家庭での簡便な検査に道―

研究成果のポイント

・超高感度特性を有するグラフェン※1 FET※2を用いて、唾液から新型コロナウイルスの検出に成功しました。家庭での簡便な新型コロナウイルス検査に向けて道筋をつけました。
・従来の簡便な抗原検査は、感度が不十分で無症状者の発症前診断ではウイルス検出が不可能でした。また発症前診断が可能なPCR 検査は特別の技術のある検査技師と特殊な薬品が必要であり、素人が扱うことは不可能でした。また検査に数時間を有する問題がありました。今回開発中のシステムは、これらの問題を解決することが可能となります。
・本システムの活用により、簡便、短時間、高感度でウイルスの見える化が可能になり、空港の検疫所、公共施設や家庭での検査等でパンデミックの抑制が可能になると期待できます。

概要

 大阪大学産業科学研究所の松本和彦教授らの研究グループは、村田製作所と共同で、集積化グラフェンFETを用いたバイオセンサーシステムを開発し、新型コロナウイルスの高感度検出を示唆するデータの取得に成功しました。このシステムは患者の唾液を装置に入れるだけでウイルスの検出が可能になり誰でも家庭で簡単に検出が可能となります。
 これまでの検査装置は、感度が不十分であったり、特殊な薬品や検査技師が必要であり、簡便で高感度な検査装置が求められていました。
 今回、松本教授らの研究グループは、超高感度を有するグラフェン材料を用いたセンサーと、簡便に計測するポータブル計測システムおよび自動洗浄システムの組み合わせに成功し、新型コロナウイルスを簡便に短時間で高感度に計測するシステムの開発に道を拓きました。これにより、ウイルスの見える化が可能となり、パンデミックの抑制が可能になると期待されます。5年後の臨床試験開始を目指して取り組みを進めています。
 本研究成果は、2022年9月22日に東北大学で開催される応用物理学会秋季学術講演会で公開されました。

図1

抗体を修飾したグラフェンFETを用いた自動洗浄ポータブルウイルス検出システムのプロトタイプと、検出した新型コロナウイルスの電子顕微鏡写真

研究の背景

 新型コロナウイルスの検出に使われている抗原検査は、感度が不十分で無症状者の判定や唾液からの判定は不可能でした。また検査に必要な鼻腔ぬぐい液は患者の大きな負担になるとともに医療従事者がその場にいる必要がありました。また、無症状者の判定が可能なPCR 検査は特別の技術のある検査技師と特殊な薬品が必要であり、素人が扱うことは不可能で、さらに検査に数時間を有するなど大きな問題がありました。今回開発したシステムは、これらの問題を解決することが可能になると期待されています。

研究の内容

 松本教授らの研究グループは村田製作所と共同で、グラフェンFETを集積化し、グラフェン上にウイルスを捕獲する抗体を修飾した小型検出システムにて、新型コロナウイルスを電気的に高感度に検出したことを示唆するデータの取得に成功しました。
 グラフェンは従来の半導体と比較して100倍以上の高い移動度と、電子が表面に露出しているという特徴の為に、表面の電気的な変化に極めて敏感です。この為、電荷を持ったウイルスが抗体に捕捉されると、ウイルスの電荷によってグラフェンの電気特性が大きく変化します。これにより、ウイルスを高感度に検出することが可能となります。
 さらに小型のポータブル計測装置の開発と、微小流路を備えた自動洗浄装置の開発を行い、これらを集積化したグラフェンFETと組み合わせることにより、ウイルスを簡便に短時間で検出できるシステムのプロトタイプを完成させました。
 本システムは自動洗浄装置を備えているため、患者の唾液を直接導入するだけでウイルスを検出することが可能となり、計測時間は数10分程度であり極めて短時間に計測可能です。また唾液に含まれるウイルス量よりも高感度に測定可能であるため、無症状者の発症前診断が可能になると期待されます。
 さらに、本システムを用いて呼気中の濃度に対応する新型コロナウイルスの検出も可能であることを実証しており、将来呼気からも感染の判断が可能になると考えられます。
 本システムは、特殊な薬品や、特別な技術を必要としない為に、誰でもどこでも簡便に計測できるシステムです。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

 本研究成果により、誰でもどこでも簡便に高感度にウイルスの検出が可能になり、かつ無症状者の発症前検出が可能となる為、ウイルスの蔓延防止に多大な威力を発揮すると期待できます。特に空港の検疫、病院や公共施設での検査、企業や商業施設での簡便な検査によりウイルス蔓延の脅威を大幅に削減できることが期待できます。 本システムは、現在問題になっている新型コロナウイルスのみならず、インフルエンザウイルスや他の高病原性※3の全てのウイルスに対応できるものであり、今後のパンデミック防止に役立つものと期待されます。

特記事項

 本研究成果は2022年9月22日(木)に仙台の東北大学で開催される応用物理学会秋季学術講演会で公表されました。
 タイトル:"グラフェンFETを用いた新型コロナウイルスの検出"
著者名:山本佳織、小野尭生、金井康、牛場翔太、宮川成人、品川歩、谷晋輔、木村雅彦、渡邊洋平 中北愼一、河原敏男、鈴木康夫、井上恒一、松本和彦
 なお、本研究は、JST未来社会創造事業「ヒト感染性ウイルスを迅速に検出可能なグラフェンFETセンサーによるパンデミックのない社会の実現」プロジェクト研究の一環として行われ、京都府立医科大学の渡邊洋平講師、香川大学の中北愼一准教授、中部大学の河原敏男教授の協力を得て行われました。

用語解説

※1 グラフェン:
六角形の構造を有する炭素原子からなり、原子1層の材料。2004年に作成方法が確立され、極めて高い性能を有する半導体材料

※2 FET:
Field Effect Transistor(電界効果トランジスタ)の略称。二つの電極の間に流れる電流を、第3の電 極によって制御するトランジスタ。現在の集積回路はシリコン材料を用いて、全てこの構造からできて いる。

※3 高病原性ウイルス:
感染した場合、死に至る高い危険性を有するウイルスのこと。

松本教授のコメント

 バイオ系の計測は、エレクトロニクスと異なって、再現性、信頼性のあるデータを得ることがかなり困難です。この問題を解決するために、エレクトロニクスの技術を駆使してグラフェンFETを集積化し、多数のデータを一度に取得して平均が取れるようにしたことにより、信頼性が向上しました。また自動洗浄装置を開発することにより定量的に再現性良くウイルスの溶液、夾雑物を除去できるようになり、ウイルス検出の再現性を向上しました。本システムが、高病原性ウイルスの拡散防止に役立つことを期待しています。

参考URL

産業科学研究所 新産業創造システム研究分野
https://www.sanken.osaka-u.ac.jp/organization/nig/nig_02/