EN
SANKEN

蛍光センサーINCIDERを新開発 ~生きた細胞の細胞接着タンパク質N-cadherin間の相互作用を可視化~

研究成果のポイント

・生きた細胞の細胞接着タンパク質N-cadherin間の相互作用を可視化する蛍光センサーINCIDERを開発した。
・これまでのセンサーでは困難であった細胞間N-cadherin相互作用の時間変化を高いコントラストで顕微鏡イメージングすることに成功した。
・生きた細胞でのN-cadherinが関わる細胞間接着のイメージングにより発生生物学や脳神経科学分野の研究への貢献が期待される。
・様々な種類の細胞間接着タンパク質間の相互作用をイメージングするための基盤技術となることが期待される。

概要

 大阪大学産業科学研究所の京卓志特任研究員(常勤)(JSTさきがけ研究者 専任)、永井健治教授、松田知己准教授は、慶應義塾大学の仲嶋一範教授ら、京都大学の永樂元次教授らの研究グループとの共同研究により、細胞間接着を担うタンパク質N-cadherinの相互作用をイメージングするための蛍光※1センサー「INCIDER」を開発しました(図1)。これまでに用いられていた細胞間相互作用を可視化するための蛍光センサーは、低いシグナル/バックグラウンド比あるいは不可逆的な蛍光発光のため、細胞間相互作用の形成と解離の時間変化をコントラスト良くイメージングすることが出来ませんでした。
 研究グループは、高いシグナル/バックグラウンド比を有するとともに、タンパク質間の可逆的な結合解離のイメージングが可能なddGFP※2という特別な2つの蛍光タンパク質※3のペアを使用することで、これまでの問題を解決しました。この研究成果は、様々な生命現象におけるN-cadherinが仲介する細胞間接着の時間変化のイメージングを可能にし、多様な細胞接着タンパク質の細胞間相互作用を可視化するための蛍光センサーの開発を発展させるための基盤となることが期待されます。
 本研究成果は、英国科学誌「Communications Biology」に、10月7日(現地時間)に公開されました。

図1

図1 INCIDERによる細胞間相互作用の検出。

研究の背景

 私たちヒトを始め、多細胞生物は細胞と細胞の相互作用によって形作られています。この細胞間相互作用は多様な細胞接着タンパク質が担っています。N-cadherinは発生から高次脳機能まで幅広い生命現象に寄与している細胞接着タンパク質です。N-cadherinの生理機能は主に遺伝子欠損による「必要性」の検討と過剰発現や再構成実験による「十分性」の検討により、明らかにされてきました。しかし、実際にN-cadherinが「いつ・どこで」相互作用することで、生命現象に貢献しているのかということは見過ごされてきました。この状況に一矢を報いるために、生きた細胞間で起こるN-cadherin間の相互作用の時間変化をイメージングするためのセンサーを開発する着想に至りました。

研究の内容

 二量体形成によって蛍光を生じる特殊な蛍光タンパク質であるddGFPをN-cadherinの細胞外領域に挿入することにより、N-cadherin間相互作用によって緑色蛍光を生じるセンサー「INCIDER」を開発しました。既存の細胞間相互作用を可視化する蛍光センサーでは困難であった、細胞間相互作用の形成と解離をコントラスト良く可視化することに成功しました(図2上)。さらに、INCIDERを神経細胞に導入することで、世界で初めて生きた神経細胞間におけるN-cadherin相互作用の時間変化の可視化にも成功しました(図2下)。

図2

図2 INCIDERの使用例

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

 本研究成果は、これまでイメージングが困難なため見過ごされてきた細胞接着タンパク質の相互作用の時間変化を観測することの重要性を世界に投げかけるものです。生命現象におけるN-cadherinを始め様々な細胞接着タンパク質の接着の果たす役割に関する基礎研究の加速が期待されます。

特記事項

 本研究成果は、2022年10月7日(現地時間)に英国科学誌「Communications Biology」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:"Development of intensiometric indicators for visualizing N-cadherin interaction across cells"
著者名:Takashi Kanadome, Kanehiro Hayashi, Yusuke Seto, Mototsugu Eiraku, Kazunori Nakajima, Tekeharu Nagai, and Tomoki Matsuda
DOI:https://doi.org/10.1038/s42003-022-04023-2
 なお、本研究は、文部科学省 科学研究費助成事業 新学術領域研究「脳構築における発生時計と場の連携」、同「シンギュラリティ生物学」、JST戦略的研究推進事業さきがけ「多細胞システムにおける細胞間相互作用とそのダイナミクス」、同CREST「細胞内現象の時空間ダイナミクス」の助成を受けたものです。

用語解説

※1 蛍光:
光を吸収し、その光よりも低エネルギー(長波長)の光を放出する物質の性質のこと。INCIDERは青色光(∼490nm)を吸収し、緑色光(∼510nm)を放出する。

※2 ddGFP:
dimerization -dependent green fluorescent proteinの略。 ddGFP-AとddFP-Bからなる蛍光タンパク質。ddGFP-A単独では光らないが、ddFP-Bと異種二量体を形成することで緑色蛍光を生じるようになる。INCIDERではN-cadhelin間相互作用によりddGFP-AとddFP-Bが近づくと異種二量体が形成される。この反応は可逆的であり、近年様々な蛍光センサー開発に利用されている。

※3 蛍光タンパク質:
蛍光を発するタンパク質の総称。2008年のノーベル化学賞で知られる下村修博士らが、1962年にオワンクラゲから初めて遺伝子を単離し、緑色蛍光タンパク質(Green Fluorescent Protein, GFP)と命名した。



松田准教授のコメント

 これまでに不可逆的な細胞間接着を可視化するセンサーは開発されていましたが、接着と解離の時間変化を観察することのできる実用的なセンサーは開発されていませんでした。今回開発したセンサーによる細胞接着イメージングが起爆剤となって、時間変化を含めた細胞接着の理解が深まることを期待します。

参考URL

松田知己 准教授 研究者総覧 URL
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/aa74672072654f20.html