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セルロースナノファイバーを用いた新しいエクソソーム捕捉ツール「EVシート」を開発 ― 生体内におけるエクソソームの空間解析とがん医療応用に期待 ―

研究成果のポイント

・全く新しい手法でエクソソーム※1を捕捉かつ保存する革新的ツール「EVシート」を開発
・木材由来の新素材セルロースナノファイバー※2によるがん医療応用の可能性を示唆
・臓器に直接貼り付けてエクソソームを回収することで、生体内における空間解析を実現
・エクソソームの新しい特性が明らかになり治療戦略開発に期待

概要

 名古屋大学 医学部附属病院産婦人科(同大学 高等研究院兼務)の横井暁 病院講師、同大学 大学院医学系研究科産婦人科学の梶山広明 教授、および東京工業大学 生命理工学院生命理工学系の安井隆雄 教授、大阪大学 産業科学研究所の古賀大尚 准教授、国立がん研究センター研究所 病態情報学ユニットの山本雄介 ユニット長らの研究グループは、木材由来のセルロースナノファイバーを用いて、新しいエクソソーム捕捉ツールである「EVシート(EV :Extracellular vesicle: 細胞外小胞※3)」を開発しました。卵巣がんを対象として、従来採取不可能であった微量体液からのエクソソーム回収と保存を実現し、さらに解析を行うことで、新しいエクソソームの特性を明らかにしました。これらの結果から、EVシートがエクソソームを対象とした新しい医療マテリアルになるものとして期待されます。

 エクソソームを含むEVは、ヒトのあらゆる体液中に存在し、細胞間コミュニケーションに不可欠なツールとして注目されています。また、疾患に応じてEVが内包する生理活性分子に変化が生じるため、有望な疾患バイオマーカー※4として期待されています。EVの回収技術に関しては、世界的に様々な手法の開発が進められていますが、ごく微量の試料からのEV回収は極めて困難とされていました。本研究グループは、木材由来の新素材であるセルロースナノファイバーを用いて、EV捕捉に適したナノ細孔構造を持つEVシートを開発し、吸水性や乾燥によって閉孔する特性を生かすことで、極めて微量な体液からEVを回収・保存する手法を確立しました。EVシートはわずか10マイクロリットル(1ミリリットルの1000分の1)程度の体液からEVを回収することができ、さらにその回収したEVを用いて、内包する生理活性分子の解析が可能です。また、湿った臓器に直接EVシートを数秒貼り付けることで、臓器本体には影響を与えることなく、臓器表面の微量な体液からEVを回収することも可能です。治療に難渋する悪性腫瘍である卵巣がんを対象に、EVシートの精度を確認し、これまで明らかにされなかったEVの新しい特性を明らかにしました。さらに、手術中や、手術前後に、EVシートを用いて簡便かつ高効率に回収したEVは、がんの診断や治療薬選択に寄与する新しいバイオマーカーとなる可能性が明らかになりました。EVシートを用いることで、これまで解析できなかった生体内におけるEVの空間・機能解析が可能となり、その先の医療応用が期待されます。

 本研究は主に、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)の創発的研究支援事業:研究課題名「がん細胞外小胞の臨床応用へ向けた基盤技術開発研究(JPMJFR204J)」「生物素材を用いた持続性エレクトロニクスの創成(JPMJFR2003)」、JST戦略的創造研究推進事業さきがけ:研究課題名「細胞外小胞の網羅的捕捉と機械的解析によるmiRNA分泌経路の解明(JPMJPR19H9)」、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の次世代がん医療加速化研究事業:研究課題名「微量体液中エクソソーム解析による革新的がん腹膜播種バイオマーカー開発」、および国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)、官民による若手研究者発掘支援事業:研究課題名「ナノファイバーが拓く無侵襲な体液解析による日常的かつ包括的な健康状態モニタリング」の支援を受け行ったもので、本研究成果は、学術雑誌「Nature Communications」の電子版(2023年11月8日付)に掲載されました。

研究の背景

 卵巣がんは日本国内では年間約1万3000人が罹患し、その約半数が命を落とす大変予後の悪いがんです。早期スクリーニングが困難なため、ほとんどの症例が進行期で診断され、5年生存率は45%以下と言われています。本研究グループはこれまで、卵巣がん細胞が放出するエクソソームをはじめとする細胞外小胞(EV)の機能解析を通して、卵巣がん患者の生命予後を改善することを目指した研究を続けてきました。EVは、古くからヒトの体液中に存在することが知られていましたが近年、細胞間コミュニケーションに不可欠なツールとして医学生物学分野においてその価値がますます高まっています。がんの腫瘍組織を構成する細胞の不均一性は近年よく認識され研究が進んでいますが、体液中のEVの多様性については、その理解の重要性は国際的に認識されるものの、EV解析の困難さからも、十分に理解が進まない状況でした。またEVは、疾患の有無や今後の治療選択を補助するようなバイオマーカーとしての応用にも大きな期待が寄せられていました。

 血液や尿といった体液中からのEVの回収方法については、現在も世界中でその技術開発が進められています。それは、最適なEVの回収方法が存在しないことや、精度高くEVを回収することが容易ではないこと、また回収に関しては一定量の試料量が必要とされることなど、様々な障壁があることが関係しています。特に、100マイクロリットルを下回るような微量な体液からのEV解析はほとんど不可能であり、新たな手法開発が望まれていました。

研究の内容

 本研究ではまず、木材由来の新素材であるセルロースナノファイバーを用いて、新しいエクソソーム捕捉ツールである「EVシート」を開発しました。セルロースナノファイバーは、主に木材細胞壁から得られる持続可能なバイオマス素材であり、軽量性や高強度など、様々な魅力的な特性のために大きな注目を集めています。本研究グループは、紙すき技術と溶媒置換技術を応用することで、EV捕捉に適したナノ細孔構造を持つセルロースナノファイバーシートEVシートを開発し、その吸水性や乾燥により閉孔する特性を生かすことで、わずか10マイクロリットルの極めて微量な体液からEVを効率的に回収・保存する手法を確立しました(図1)。

図1

図1 EVシートによるEV回収

 さらに、微量の体液からEVを回収可能であるというEVシートの特性を生かして、湿潤した臓器の表面から直接EVを回収する手法を考案しました(図2)。この際、EVシートを臓器に数秒間貼り付けると、体液が毛細管力によってEVシート内に吸収され、その後の乾燥処理によって体液中のEVがEVシートのナノ細孔構造内に選択的に捕捉されることがわかりました。

図2

図2 EVシート貼付によるEV回収

 回収したEVは、核酸やタンパク質といった搭載する生理活性分子の解析が可能です。本研究ではEVシートによって回収したEVからRNAを抽出し、次世代シーケンサー※5を用いてEVに内包されるマイクロRNA(miRNA)の情報を解析しました。マイクロRNAとは22塩基長程度の小さなRNAのことで、細胞内のみならず、血液や唾液、尿などの体液にも含まれます。近年の研究で、がん等の疾患にともなって患者の血液中でその種類や量が変動することが明らかになっており、全く新しい診断マーカーとして期待されています。卵巣がんは腹水が貯留し、腹水中をがん細胞やEVが巡り、転移などを生じます。EVシートによって回収した微量な腹水中EVが内包する生理活性分子miRNAの情報を読み解くと、これまで、腹水として一元的に解析されていた腹水中EVには、採取する位置によって変化があることがわかりました(図3)。また、腹水全体としてのEVに搭載されるmiRNAとは異なるmiRNAが腫瘍表面上のEVに存在することがわかりました。加えて、これらのうち、いくつかのmiRNAは腫瘍切除後に低下することから、診断や治療薬選択に寄与する新しいバイオマーカーとなる可能性が明らかになりました。

図3

図3 生体内位置情報に基づく微量体液中EV回収

今後の展開

 以上の結果から、EVシートを用いることで、これまで解析できなかった生体内におけるEVの空間・機能解析が可能となりました。EVシートは、セルロースからなるため生体適合性が高いこと、乾燥状態でEVを室温保存できること、様々な疾患に関連する体液中EVの革新的解析手法となることなど、あらゆる利点を有しています。最近、日本発・木材由来の新素材セルロースナノファイバーの実用化が進んでいますが、EVシートはセルロースナノファイバーの全く新しい機能・用途を拓くものです。今後本研究グループは、がんを始めとした多様な疾患を対象として、EVシートの医療応用を進めていきます。

用語説明

※1 エクソソーム:
細胞が分泌する直径 100ナノメートル(nm)前後の小さな胞体。細胞の情報を搭載して、細胞外へ放出され、生命に重要な機能を有する。

※2 セルロースナノファイバー:
木材などの植物繊維の主成分であるセルロースをナノサイズ(1mmの百万分の1)にまで細かく解きほぐすことにより得られる木質バイオマス資源。植物由来の次世代素材として普及が期待されている。

※3 細胞外小胞(Extracellular vesicles、EV):
細胞が分泌する直径 40~1000 nm の小胞体。エクソソームはEVの一つで、主に直径200nm以下の小さなEVを指す。

※4 バイオマーカー:
数 10~100 nmの大きさから構成される一次元の棒状ナノ構造体。

※5 次世代シーケンサー:
DNAやRNAなどの核酸の構成要素である塩基の配列情報を大量かつ急速に読み取る解析装置。


論文情報

雑誌名:Nature Communications
タイトル:"Spatial exosome analysis using cellulose nanofiber sheets reveals the location heterogeneity of extracellular vesicles"
著者名:Akira Yokoi 1,2,3*†, Kosuke Yoshida 1,2, Hirotaka Koga 3,4, Masami Kitagawa 5, Yukari Nagao 1, Mikiko Iida 6, Shota Kawaguchi 6, Min Zhang 6, Jun Nakayama 7,8, Yusuke Yamamoto 7, Yoshinobu Baba 6,9,10, Hiroaki Kajiyama 1 and Takao Yasui 6,9,11, 12*†

1.Department of Obstetrics and Gynecology, Nagoya University Graduate School of Medicine, 65 Tsurumai-cho, Showa-ku, Nagoya, 466-8550, Japan
2.Nagoya University Institute for Advanced Research, Furo-cho, Chikusa-ku, Nagoya 464-8603, Japan
3.Japan Science and Technology Agency (JST), FOREST, 4-1-8 Honcho, Kawaguchi, Saitama, Japan
4.SANKEN (The Institute of Scientific and Industrial Research), Osaka University, 8-1 Mihogaoka, Ibaraki, Osaka 567-0047, Japan
5.Bell Research Center, Department of Obstetrics and Gynecology Collaborative Research, Nagoya University Graduate School of Medicine, 65 Tsurumai-cho, Showa-ku, Nagoya, 466-8550, Japan
6.Department of Biomolecular Engineering, Graduate School of Engineering, Nagoya University, Furo-cho, Chikusa-ku, Nagoya 464-8603, Japan
7.Laboratory of Integrative Oncology, National Cancer Center Research Institute, 5-1-1 Tsukiji, Chuo-ku, Tokyo, 104-0045, Japan
8.Department of Oncogenesis and Growth Regulation, Research Institute, Osaka International Cancer Institute, 3-1-69 Otemae, Chuo-ku, Osaka, 541-8567, +81-6-6945-1181, Japan.
9.Institute of Nano-Life-Systems, Institutes of Innovation for Future Society, Nagoya University, Nagoya, Japan
10.Institute of Quantum Life Science, National Institutes for Quantum and Radiological, Science and Technology, Chiba, Japan
11.Japan Science and Technology Agency (JST), PRESTO, Saitama, Japan
12.Department of Life Science and Technology, Tokyo Institute of Technology, 4259 Nagatsuta, Midori-ku, Yokohama, 226-8501, Japan
* Co-first author, † Co- correspondence
DOI: 10.1038/s41467-023-42593-9









参考URL

古賀大尚准教授HP
http://kogahirotaka.com/