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実験・計算・AIを融合した多結晶材料情報学による マクロからナノへの材料解析手法を構築 ~複雑な多結晶の学理深化と革新材料創成の幕開け~

研究成果のポイント

・多結晶※1材料の画像データにAIを適用して仮想空間に3次元モデルを作成
・3次元モデルを利用して材料性能を低下させる転位クラスター※2の発生領域を特定
・電子顕微鏡観察により転位発生源の原子配列とその形成過程を同定
・多結晶材料情報学の有用性実証により学術革新・材料創成への広範な貢献に期待

研究概要

 国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院工学研究科の宇佐美 徳隆 教授、横井 達矢 講師、情報学研究科の工藤 博章 准教授、小島 拓人研究員らは、東北大学金属材料研究所の 大野 裕 特任研究員、理化学研究所 革新知能統合研究センターの沓掛 健太朗 研究員、大阪大学産業技術研究所の 吉田 秀人 准教授との共同研究で、実験・計算・AIを融合した多結晶材料情報学による材料解析手法により、複雑な多結晶材料の転位発生メカニズムの解明に成功しました。

 本研究では、メートルスケールの太陽光パネルに用いられる多結晶シリコンの画像データに独自開発したAIを適用し、仮想空間に多結晶材料の3次元モデルを作成しました。その3次元モデルを利用することで、材料性能を低下させる結晶欠陥である転位クラスターの発生領域を特定しました。さらに、その領域の電子顕微鏡観察と理論計算を連携させることで、粒界がナノスケールの階段状のファセット※3構造を形成して曲がり、転位が発生するというメカニズムを解明しました。このような複雑な多結晶材料中の現象解明は、実験・理論・AIを融合した多結晶材料情報学により、メートルスケールのマクロな材料から、現象を特徴づけるナノスケール領域を効率的に抽出・解析することで初めて可能となりました。

金属、セラミックス、半導体など、多結晶材料は極めて身近な材料です。本成果は、多結晶材料情報学が多様な多結晶材料の未解明現象の解明に有用であることを実証するものであり、学術の変革と革新的な多結晶材料創成への貢献が期待されます。

 本研究成果は、2023年12月11日付アメリカのWileyが発行する『Advanced Materials』オンライン版に掲載されました。

研究背景と内容

 金属、セラミックス、半導体など身近な材料の多くは多結晶です。構造物、情報機器、太陽電池などに用いられ社会に広く普及し、私たちの生活を支え、便利で快適なものにしています。多結晶は、様々な方位やサイズをもつ多くの結晶粒と、隣接する結晶粒間の境界である粒界で構成される非常に複雑な組織を持ちます。多結晶材料の性能は、材料を構成する物質で決まるような単純なものではなく、複雑な組織のミクロ構造、転位や不純物などの影響を受けます。高性能な多結晶材料を作製するために、組織や転位を制御する試みが多くなされていますが、多結晶材料は組織の複雑さや粒界の多様性に起因して未解明の現象も多く、普遍的な高性能化指針を示す学理の構築には至っていません。

 我々は、実用太陽電池材料として広く社会に普及している多結晶シリコンに着目し、多結晶材料に適用できる様々な実験手法、計算手法、AIなどの研究基盤の構築をすすめ、実験・理論・AIを融合することで「多結晶材料情報学」ともいうべき学理を構築してきました。それを通じて、複雑な多結晶材料の未解明現象の解明や、高性能な材料開発への指針構築を目指して研究を進めてきました(図1)。多結晶シリコンに着目したのは、単一物質で構成され、結晶構造もシンプルな材料であるため、多結晶シリコンをモデル材料として構築する研究基盤や学理は、他の多くの材料に展開可能なものと考えたためです。

図1

図1 実験・計算・AIの融合を示す本研究全体の概要図

 本研究では、多結晶シリコン太陽電池の性能低下の要因であることが知られている転位クラスターの発生メカニズムの解明を通して、多結晶材料情報学の有用性を示すことを目指しました。

 対象とした試料は、メートル級の太陽電池用多結晶シリコンインゴット※4から、約15cm角のブロックを切り出し、そのブロックをスライスすることで作製した多数の多結晶シリコンウエハ※5です。それらの基板にレーザ光を照射して撮影した蛍光画像(転位密度の分布の情報を含む)を取得し、さらに異方性エッチングを行ったのちに、さまざまな方向から白色光を照射して光学写真(結晶粒の方位と分布の情報を含む)を撮影しました。これらの画像データに独自開発のAIを適用し、仮想空間に多結晶材料の3次元モデルを作成しました(図2)。その結果、複雑な組織を持つメートルスケールの多結晶インゴットにおける転位クラスターと結晶粒の3次元分布が再現され、転位クラスターの発生源を可視化できるようになりました。

図2

図2 AIで作成した結晶粒の3次元モデル例

   結晶成長中、インゴット内部に生じる温度分布に従い、熱応力が生じます。多結晶では各結晶粒が異なる弾性異方性を有するため、組織に依存した複雑な応力分布が生じることとなります。仮想空間で得られた結晶粒の3次元モデルを用いて有限要素応力解析※6を行うことで、転位発生時におけるインゴット内の熱応力の3次元分布も再現できるようになりました。これらの転位クラスター、結晶粒、熱応力の3次元モデルを統合することで、転位クラスターは高い熱応力がかかる粒界より発生していることが示されました(図3)。

図3

図3 転位発生源の解析例

   仮想空間の3次元モデルと現実のウエハを比較すると、ウエハのどこから転位が発生したかを同定することができます。同定された発生源を収束イオンビーム加工法※7で抽出し、その原子構造を透過電子顕微鏡で調べてみると、特徴的なナノ構造が存在することが分かりました。一般に、2つの結晶粒が同じ面方位で繋がる対称粒界面がエネルギー的に安定なのですが、現実の多結晶内ではそのような粒界面が常に平坦に伝搬するわけではありません。ナノスケールからマイクロスケールの対称粒界面が階段状に並んだファセット構造を作りながら曲線的に伝搬する、非対称な粒界面が多くを占めていることが分かりました。転位クラスターは、平坦な対称粒界面ではなく、階段状のファセット構造から優先的に発生することが示されました。このファセット構造の原子配列を第一原理計算で詳しく調べてみると、シリコン原子間のボンドの長さが伸びた(シリコン同士の結合が弱くなった)領域がファセット端に沿って形成されるため、その領域では低い熱応力でも転位が発生できることが示されました(図4)。すなわち、粒界面の伝搬方向を制御できれば転位クラスターの発生を制御できることを示しています。

図4

図4 非対称粒界の電子顕微鏡像(左)に基づく第一原理計算によるボンドの伸縮の評価(右)

  以上のように、実験・理論・AIを融合した多結晶材料情報学により、メートルスケールのマクロな材料から、現象を特徴づけるナノスケールを抽出・解析することで、複雑な多結晶材料における転位発生メカニズムが初めて解明できました。

成果の意義

 多結晶材料は社会に広く普及しており、多結晶の高性能化が社会を変革していくともいえます。複雑な多結晶材料中の未解明現象を解明することは、高性能な多結晶材料創成の指針構築に向けて極めて重要です。本研究では、実験・理論・AIを融合した多結晶材料情報学により、メートルスケールのマクロな材料から、現象を特徴づけるナノスケールを抽出・解析することで、複雑な多結晶材料における転位発生メカニズムを解明しました。この成果をもとに、量産レベルでの高性能インゴットの開発も進めています。これらの成果は、多結晶材料情報学が多様な多結晶材料の未解明現象の解明に有用であることを実証するものであり、金属・セラミックス・半導体などの多様な多結晶材料における学術の変革と革新的な高性能多結晶材料創成への貢献が期待されます。


特記事項

  本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
戦略的創造研究推進事業 CREST
研究領域:「実験と理論・計算・データ科学を融合した材料開発の革新」
(研究総括:細野 秀雄 東京工業大学 科学技術創成研究院 教授)
研究課題:「多結晶材料情報学による一般粒界物性理論の確立とスマートシリコンインゴットの創製」
研究者:宇佐美 徳隆(名古屋大学 大学院工学研究科 教授)
研究実施場所:名古屋大学 大学院工学研究科、大学院情報学研究科
研究期間:2017年10月~2024年3月

論文情報

雑誌名:Advanced Materials
論文タイトル:Multicrystalline informatics applied to multicrystalline silicon for unraveling the microscopic root cause of dislocation generation
著者:Kenta Yamakoshi(工学研究科・博士前期課程修了), Yutaka Ohno(東北大学・特任研究員), Kentaro Kutsukake(理化学研究所・研究員), Takuto Kojima(情報学研究科・研究員), Tatsuya Yokoi(工学研究科・講師), Hideto Yoshida(大阪大学・准教授), Hiroyuki Tanaka(工学研究科・博士前期課程修了), Xin Liu(工学研究科・特任助教), Hiroaki Kudo(情報学研究科・准教授), Noritaka Usami(工学研究科・教授)
DOI: 10.1002/adma.202308599

用語説明

※1 多結晶:
多数の単結晶粒から構成される固体。金属、セラミックス、半導体など多くの材料は多結晶である。

※2 転位クラスター:
転位は結晶欠陥の一種であり、原子の並びが線状に乱れた領域を指す。転位がたくさん集まった領域を転位クラスターと呼び、太陽電池用シリコン多結晶では、転位クラスターが存在すると電気的特性が悪化し、太陽電池のエネルギー変換効率を低下させることが知られている。

※3 ファセット:
平らな面という意味であり、原子が面状に並んでいる状態。

※4 インゴット:
塊のこと。太陽電池用多結晶シリコンインゴットは大型の石英るつぼの内部でシリコンの融液を下部から上部に向かい一方向に固めることで製造する。インゴットの重量は1000kgあまりになる場合もある。

※5 ウエハ:
薄くて平たいもののこと。太陽電池用多結晶シリコンウエハは、インゴットから直方体状のブロックを切り出し、薄くスライスすることで製造される。

※6 有限要素応力解析:
対象を小さな要素に分割して数値的に応力を解析する手法。

※7 収束イオンビーム加工法:
イオンビームを微小な領域に焦点を当てて使用して表面を微細に加工する技術。

参考URL

吉田准教授URL (研究者総覧)
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/0127b53a910c8058.html