研究成果のポイント
・アルデヒド化合物を原料に太陽光と酸素から過酸※1を合成することに世界で初めて成功
・反応速度論と数理モデル※2解析から、従来法の問題である過剰酸化反応機構の詳細を解明
・廃棄物を排出しない過環境調和型、かつテーラーメイドな過酸合成新法として期待
概要
大阪大学 産業科学研究所のMohamed S. H. Salem特任研究員、滝澤忍准教授、及び静岡理工科大学 理工学部 物質生命科学科の桐原正之教授らの研究グループは、安価な市販のアルデヒド化合物(以下、アルデヒド)を原料に、太陽光と酸素から過酸を合成することに世界で初めて成功しました(図1)。本研究では、原料のアルデヒドから過酸が生成する反応経路と、系中で生成した過酸と原料等との副反応経路について、反応速度論と数理モデル解析から、従来法の問題である過剰酸化反応、及び本過酸合成反応機構詳細を解明しました。
図1 太陽光エネルギーを用いる有機過酸試薬mCPBAの廃棄物ゼロ合成
研究の背景
有機過酸は、有機合成、材料科学、環境および医療の分野で多様な用途を持つ有機酸化剤として広く認識されています。中でも、メタクロロ過安息香酸(mCPBA)は、有機合成化学分野において、汎用されている市販有機過酸試薬です。mCPBAは、酸素原子を容易に供与する独特のペルオキシ基 (-O-O-) を有し、このペルオキシ基が様々な有機官能基と反応することで多様な機能性材料を提供します(図2)。
図2 有機過酸試薬mCPBAを用いる官能基変換反応
本結果は酢酸イソプロピルのカルボニル基α位水素※4が水素移動反応の水素源として機能し過酸とアルデヒドとの副反応を防ぎ、さらに過酸の生成を加速することが理由と考えられます。
図3 アルデヒドからmCPBAを合成する際に起こる様々な反応
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本手法は、有機合成用酸化剤、及び内視鏡の消毒薬等として用いられる過酸を環境調和型かつテーラーメイドに合成可能な新手法です。芳香族アルデヒドのみならず脂肪族アルデヒドにも適用可能です。反応操作も非常に簡便で、工業的に広く用いられている酢酸イソプロピルを溶媒に用いることができることから、2023年1月から、光フロー合成による安全かつ大量供給とその応用研究を株式会社マナック・ケミカル・パートナーズと展開しています。
特記事項
本研究成果は、2023年11月29日(月)に英国王立化学会誌「Green Chemistry」に掲載されました。
タイトル:"Light-induced autoxidation of aldehydes to peracids and carboxylic acids"
著者名:Mohamed S. H. Salem, Carla Dubois, Yuya Takamura, Atsuhito Kitajima, Takuma Kawai, Shinobu Takizawa and Masayuki Kirihara
DOI:10.1039/d3gc02951d
なお、本研究は、JST 戦略的創造研究推進事業「革新反応研究」、及び文部科学省科学研究費助成事業「学術変革研究A:デジタル化による高度精密有機合成の新展開」の一環として行われました。
用語説明
※1 過酸:
中心原子の酸化状態が標準的な酸よりも高く、-C(=O)-O-O-H の原子団を有する有機酸の総称。一般的には対応するカルボン酸誘導体に過酸化水素を作用させると生成する。非常に酸化力が強く、熱すると激しく爆発する性質を有する。
※2 数理モデル:
時間変化する複雑な現象を計測可能な一面に着目し簡略化した数式にすることで人間が理解しやすくしたモデル。得られた実験データを近似し論理的な説明を可能とする。
※3 クリーギー中間体:
ドイツ人化学者Rudolf Criegee(1902-1975)が存在を予想した反応性が高く寿命が短い化学種カルボニルオキシド(C・-O-O・)構造を含む中間体。
※4 カルボニル基α位水素:
酢酸イソプロピル(図1)の化学構造式に示す、カルボニル基(C=O基)が結合している炭素原子上の水素原子(CH3)
滝澤忍准教授のコメント
無公害で無尽蔵な太陽エネルギーを利用する有機合成反応の開発は、SDGsの観点からも大変重要な研究テーマです。今後人類の生活圏が大気圏外にまで拡張すれば、様々な反応を促進するに足る太陽光エネルギーが24時間連続供給されるため、太陽光エネルギーを利用する有機合成反応プロセスは益々重要となります。来るべき時代に備え、光反応開発分野でも世界をリードする研究を今後も日本から発信していきます。