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研究成果

薬に強い菌は「見た目」が違う! 細菌の形態と薬剤耐性の関連を解明 ―深層学習で薬剤耐性を簡便に識別―

研究成果 のポイント

◆ 細菌が複数の抗菌薬に対して耐性能を獲得する際に、自身の形態を変化させていることを発見
◆ バイオインフォマティクス解析 ※1により、薬剤耐性菌※2の形態特徴と遺伝的要因を特定
◆ 深層学習※3による画像判別技術を用いて 、光学顕微鏡画像から薬剤耐性菌を判別することに成功
◆ 簡便で迅速な薬剤耐性菌検出への応用に期待


概要

 大阪大学大学院薬学研究科の大学院生 池邉美季さん(博士後期課程)、大阪大学産業科学研究所 西野美都子准教授、西野邦彦教授らの研究グループは、鳥取大学工学部 青木工太准教授、理化学研究所生命機能科学研究センター 古澤力チームリーダー(東京大学大学院理学系研究科 教授)との共同研究で、バイオインフォマティクス解析により細菌の形態変化と薬剤耐性の関連性を世界で初めて明らかにしました。

これまで、抗菌薬に曝露された細菌はその形態が変化することが知られていましたが、抗菌薬がない状態での薬剤耐性細菌の形態はあまり研究されていませんでした。

今回、研究グループは、10種類の抗生物質に対して耐性を持つ大腸菌株の形態を調査し、薬剤のない状態における顕微鏡下での観察結果を、バイオインフォマティクスの手法を用いて分類しました。その結果、耐性菌は、感受性のある(薬剤が有効な) 親株とは異なる形態を示し、特にキノロン系※4とβ-ラクタム系※5抗菌薬に耐性を持つ菌でその違いが顕著でした(図1)。さらに、クラスター分析※6を行うと、耐性菌はより太く短い細胞が多いことが判明し、形態と遺伝子発現が関連していることが示唆されました。また、本研究では、菌の形態(輪郭)の違いによる新たな深層学習法を用いて、耐性菌の分類を高精度で行うことに成功しました。
これにより、抗生物質がない状態でも細菌が薬剤に対して耐性を示すかどうかを、その形から推定できることが期待されます。
本研究成果は、9月19日(木) (現地時間)にスイス科学誌 『Frontiers in Microbiology』 (オンライン)に、公開されます。

図1 細菌は薬剤耐性を獲得する際に自身の形態を変化させている

研究の背景

 抗菌薬(抗生物質)は、細菌による感染症の治療に不可欠ですが、近年、抗菌薬の利かなくなった「薬剤耐性菌」および複数の薬剤に耐性を持つ「多剤耐性菌」が出現し、世界的な脅威となっています。
耐性菌は、抗菌薬の長期投与などを原因として発生し、抗菌薬によるストレスで形態変化を起こすことが知られていますが、薬がない状態での形態はよく分かっていませんでした。


研究の内容

 研究グループでは、研究室で進化させた10種類の抗生物質耐性大腸菌の形態をバイオインフォマティクスの手法で解析し、耐性菌と感受性菌との間に見られる形態変化の度合いについて調べ、分類しました。その結果、形態変化はキノロン系とβ-ラクタム系の抗菌薬に耐性を持つ菌で特に顕著であり、細胞を太く短く変化させていることが判明しました。さらに、耐性菌の形態に影響を与える遺伝的要因について、エネルギー代謝や薬剤耐性に関わる遺伝子を特定しました(図2)。


図2 バイオインフォマティクス解析による薬剤耐性菌の分類

 さらに、新しい輪郭ベースの深層学習法を用いて、薬剤がない状態で耐性菌と感受性菌を識別することに成功しました(図3 )。

図3 深層学習による薬剤耐性菌判別

本研究成果が社会に与える影響(本 研究成果の意義)

 本研究成果により、細菌の薬剤耐性化のプロセスにおいて生じる形態変化と遺伝子発現変化の関係について、細菌学と情報工学との異分野融合研究によって、複合的に理解することが可能となりました。
 将来的に、細菌の形態から薬剤耐性能を自動で予測する技術開発につながることが期待されます。


特記事項

本研究成果は、2024年9月19日(木)(現地時間)に、スイス科学誌 『Frontiers in Microbiology』(オンライン)に掲載されます。
タイトル:“Bioinformatic analysis reveals the association between bacterial morphology and antibiotic resistance using light microscopy with deep learning.”
著者名:Miki Ikebe, Kota Aoki, Mitsuko Hayashi-Nishino, Chikara Furusawa, and Kunihiko Nishino
DOI:10.3389/fmicb.2024.1450804


なお、本研究は、MEXT/JSPS科研費(21H03542, 23K21717, 22K19831)、JST次世代研究者挑戦的研究プログラム(JPMJSP2138)の助成を受けたものであり、大阪大学蛋白質研究所クライオ電子顕微鏡共同利用研究の一環として行われました。


用語説明

※1 バイオインフォマティクス解析

コンピューターを使った統計学的解析や計算機アルゴリズムを用いた、生物学的データを理解するための技術。

※2 薬剤耐性菌

抗菌薬が効かなくなった細菌のことを示す。薬剤耐性菌感染症は抗菌薬での治療が困難であるため、世界において大きな問題となっている。

※3 深層学習

深層学習(ディープラーニング)は、ヒトが自然に行うタスクをコンピューターに学習させる機械学習の手法で、人工知能AIの発展を支える技術でもある。

※4 キノロン系抗菌薬

複数の細菌に対して強い抗菌力を示す抗菌薬であり、細菌DNAの複製に関与する酵素を阻害することにより、濃度依存的に殺菌的な抗菌活性を示す。

※5 β―ラクタム系抗菌薬

分子中にβ―ラクタム環をもつ抗菌薬の総称であり、細菌の細胞壁であるペプチドグリカン合成の最終段階に関与する酵素群を阻害することにより、抗菌作用を示す。

※6 クラスター分析

データをその類似性に基づいて、いくつかのグループ(クラスター)に分けること。






西野教授のコメント

人の顔認証をはじめとして比較的大きな物を対象とした深層学習による画像判別技術は発展していますが、私達の研究により、細菌のような目では見ることのできない微生物においても、薬が効かない菌は特徴のある顔つき(形態)を持っていることが分かりました。薬剤耐性化のプロセスにおいて生じる細菌の顔つきの変化と遺伝子発現変化の関係について、細菌学と情報工学との異分野融合研究を通じて複合的に理解することが可能になりました。今後は、臨床現場で問題となっている複数の薬剤耐性菌に関しても画像解析と各種オミクス情報との関連付けを進め、耐性菌感染症克服につなげていきたいと思います。

参考URL

大阪大学産業科学研究所 西野研究室 
https://www.sanken.osaka-u.ac.jp/organization/thi/thi06.html

 

青木工太准教授 研究者総覧
https://researchers.adm.tottori-u.ac.jp/html/100002731_ja.html

 

理化学研究所生命機能科学研究センター 多階層生命動態研究チーム
https://www.bdr.riken.jp/ja/research/labs/furusawa-c/index.html